第四話
とんかつを提供する飲食店を作る。
そう決めてからのアレナの行動は早かった。
持ち込んだお金と冒険者としての稼ぎ、さらに「おしのび」で遊びにきた商会のご隠居からの資金提供を得て店舗を購入。
アレナとベルタ、カロリーナが素材を狩ってくるかたわら、ダリアが調理器具を揃えてレシピを改良。
また、くだんのご隠居の手配でマリーノ家直伝の、スパイスや野菜、果物を煮詰めて作った「マリーノソース?」を確保。
さらに、マリノリヒトを本拠地とする商会の従業員がぞろぞろ現れてはイスやテーブル、調度品、食器を置いていく。
金もコネも駆使して、二週間。
お店はあっという間にオープンした。
聞き慣れない料理といままでにない匂い、「泣く子も黙るマリーノ家」の評判に、オープン当初は客が寄り付かなかった。
普通なら焦りそうなものだが、根っからの貴族であるアレナは違う。
お昼時になればテラス席に座り、「とんかつ(ロース・塩)」に舌鼓を打つ。
夕飯時には「とんかつ(ヒレ・マリーノソース)」を優雅にいただく。
モンスターだが見た目は子ども狼なカロリーナも足元でご相伴に預かり、美味しそうにはしゃぐ。
主人であるアレナが食事をしてしばらくすると、侍女のベルタと侍女見習いのダリアの食事タイムだ。
アレナの指示により、奥ではなくテラス席でやはりとんかつを食べる。
無表情なベルタの口元がほころび、ダリアが美味しい!と連呼する。あとまたカロリーナがおこぼれをいただく。
二、三日も続けると、気になったベリンツォの住人はついに揚げ物屋を訪れた。
一人が「美味しかった」と言えば、あとは簡単である。
ウワサは口コミで広がり、揚げ物屋は盛況となった。
「ほーっほっほっほ! マリーノ家の力の源泉! 『とんかつ』を味わうといいですわぁー!」
「あの、ベルタ先輩……とんかつってこの前できた料理で、『源泉』とは違うような……」
「お嬢様は『初代さまが食し、求めた「とんかつ」はマリーノ家に脈々と伝わるもの。そして「とんかつ」はスタミナがつくと書いてありましたもの、嘘ではありませんわ』と言っています」
「ええ……? それほんとに言ってます……?」
高らかに笑うアレナを、商人や冒険者たちは微笑ましく眺めていた。
オーナーであるアレナの言動も、いまではこの店の名物である。
カロリーナが店前でキリッとした顔で客を集め、ベルタが注文を取って料理を運び、ダリアが厨房で揚げまくり、アレナは店内で高笑いしたり店前のカロリーナを可愛がる。
それが、ベリンツォの街にオープンした揚げ物屋の日常になっていた。
一人なにもしていないが、飲食店のオーナーとはだいたいそういうものである。たぶん。
ちなみに、「とんかつ」の値段は、ヒレでもロースでも安いわけではない。
オーク肉もコカトリスの卵も種吹樹の油も自前とはいえ、いい肉と大量の油を使えば価格は上がる。
ベリンツォの街で提供される一般的な飲食店の料理よりも三割ほど高い値段設定となっていた。
そのせいもあって揚げ物屋の客層は、商人や冒険者でも稼いでいる者がほとんどだった。
あとは、祝いごと等で奮発した者たちである。
揚げ物屋をオープンしてから一週間。
お昼のピークが過ぎれば、店内にはゆったりした空気が流れる。
ベルタとダリアが片付けをして夕方の営業に備え、アレナがゆっくりお茶を楽しむのもこの時間だ。
いわゆる「アイドルタイム」である。
いつも通りアレナがテラス席に座り、ベルタが淹れたお茶を飲みながら、カロリーナにオヤツ(お昼の残り物)をあげていると。
じーっと、カロリーナを見つめている兄妹がいた。
三歳か四歳ぐらいだろうか、いまにも駆け出しそうな妹を、10歳ぐらいの兄が抱きしめて抑えている。
「あら? お客様かしら?」
二人を見てアレナがこてんと首をかしげる。
同じ角度で足元のカロリーナも首をかしげる。
が、幼い二人が近づいてくる様子はない。
妹を背後から抱きしめたまま、兄がじりっと後ずさった。
「それともカロリーナと遊びたいのかしら? ふふ、カロリーナは幼い子供さえも魅了してしまいますのね!」
「わふ?」
見上げてくるカロリーナの頭をアレナがそっと撫でる。
遊んでいい? 遊んでいいの? と目をキラキラさせているが、アレナはGOを出さなかった。
兄妹がまた後ずさったので。
「お、おれたち、お貴族さまのものに、さわるつもりはなくて、汚れちゃうから」
「まあ! 賢い子たちですのねえ。素晴らしい心がけですわ!」
幼い二人を上から下までチェックして、アレナはにこっと笑う。
なにが気になったのか、妹はごしごしと手を服で拭った。
服も汚れているため、効果があったかどうかは不明である。
「ではやっぱりお客様かしら? とんかつは美味しいだけでなく、肉となって体を強くしますのよ!」
「い、いや、そんな、お金も、なくて」
「お嬢様、追い払いますか?」
「待ちなさいベルタ。では、なぜ私のお店の前にいたのかしら?」
「おきぞくさま、きれい……」
「その、すごくきれいなお貴族さまがいるって聞いたから、妹に見せてやりたくて! す、すみません、すぐいなくなりますからどうか」
「まあ! うふふ、見所のある子ねえ。ダリア」
「はいっ! 二人とも、よかったらこれ食べてください。『かつさんど』っていう新作で、味の感想も聞かせてもらえると」
「い、いりません! おれ、冒険者なんだ! 恵んでもらったり、盗んだりしないで、じぶんでかせいで、妹を食わしてやるって決めたんだ!」
木皿に載せた「カツサンド」を手にダリアが近づくも、兄は妹を抱えたまま手を伸ばさない。
ぎゅっと抱いて視線さえ外している。見てしまったら誘惑に負けてしまう、とでも言いたげに。
けれど。
「にいたん?」
ぐーっとお腹を鳴らして、妹が兄を見上げる。
兄は口をきゅっと結んで、ごそごそとポケットを探る。
「あ、あの! これで足りる分だけください!」
差し出した小さな手には、何枚かの銅貨が乗っていた。
とんかつ一食分にも足りない。
試作とはいえ、想定しているカツサンドの値段にも届かない。
「お嬢様、お金なんていりませんよね? 試食して感想をもらうことが大事ですもんね?」
「いいえ、ダリア。それは彼の矜恃を踏みにじる行為ですわ。私は許しません」
「そんな……でも、この子たちお腹をすかしてて、銅貨じゃとても足りなくて」
聞いていた兄が顔をしかめる。
カロリーナがひょいひょい首を動かして二人を、アレナとダリアを、見比べる。
小さな妹は涙をこらえていまにも泣き出しそうな中。
アレナがすっくと立ち上がった。
ぐっと拳を握って——
「とんかつが食べられないなら! 『ころっけ』を食べればいいんですわぁ!」
——宣言した。
「ころっけ? ですか?」
「ダリア! クズ芋を持ってきなさい! 仕込みの際に出た、肉の切れ端もですわ!」
「は、はあ。あの味のしない芋と、いつもなら捨てちゃうお肉も?」
「くふふっ、いい機会ですわ! 待っていてくださいませ、初代さま! 『とんかつ』に続いて『ころっけ』も再現しますわよぉー!」
ダリアに指示を出して、アレナはノリノリで店内に入っていく。
とつぜんの「お貴族さま」の行動に、幼い兄妹は固まっている。
二人のもとにカロリーナが近づいて、はしっとズボンの裾をくわえてくいっと引っ張る。
ほらいくよ!とでも言うかのように。
「なにをしていますの? ついてきなさい、二人とも! 『働かざる者食うべからず』ですわよ?」
アレナに言われて、戸惑う二人も店内に入っていった。
わずかに微笑むベルタとともに。





