第十話
「『思考を柔軟にして常識に囚われない』! それこそ初代さまが残した『異世界転生日記』から読み取れる、マリーノ家に連綿と伝わる一番の教えですわぁ!」
アレナの魔力が一気に高まる。
「『身体強化』! 『魔力障壁』!」
と、アレナは得意な魔法を使った。
魔卿と呼ばれるほど魔法に長けたマリーノ家において、「極めた」とされる二つの魔法を。
「これをこうしてッ! ですわ!」
「え、ええっ!? 障壁がなんか形かわって槍みたいに!? ま、まさか」
「ベルタ!」
「右3、上1。樹上です」
「見えましたわ! せいやぁっ! ですの!」
「やっぱり投げっ!? 障壁の形を変えて投げるなんて聞いたことないですぅ! そもそも魔力障壁は物理に弱いはずで!」
「わふぅ……」
「次ッ!」
「右9、上0。下生えに伏せてます」
「見えませんけれども! 知ったこっちゃありませんわぁ! ふんぬぅ! ですわぁ!」
「こ、今度は歯車みたいに!? うわ、地面えぐってるどころか斬れてません!?」
「きゅーん……」
単なる侍女のはずのベルタが敵の位置を示す。
と、すかさずアレナが『魔力障壁』を投擲する。
魔力で形作った障壁は透明だ。
つまり、敵からしたら不可視の攻撃である。いちおう、体外の魔力感知ができれば見えるかもしれないが。それにしたって速すぎて避けきれない。
アレナが非常識な攻撃をかますこと6回。すなわち、襲撃者が倒れること6人。
「ベルタ?」
「反応はありません。付近を探査してきます」
「任せましたわ。私たちはこの場にいますわね」
ベルタがささっと消える。
負けない!とばかりにひと吠えしてカロリーナも走っていった。
索敵担当を自負する一人と一匹は、残敵がいないか確認しに行ったようだ。
攻撃される直前まで気づかなかったことが悔しいのだろう。
「あの、お嬢様、いまのって……? 魔力障壁、なんですよね? 攻撃に使えるなんて初めて知りました」
「だって、壁は壁ですわ。壁は投げられるし、当たったら痛いですわよね?」
「壁って……投げられますか……?」
「ダリアももう『マリーノ家』に所属しているんですのよ? 常識に囚われてはなりませんわ!」
「は、はあ……お嬢様は『王を守る最後の盾』になるはずだったのに、遠距離攻撃もできるんですね」
「ふふっ、これなら、いつか王子が戦場に出たときに、本陣からでも功を立てられますもの」
「いくら婚約者でも、コレして王子の戦功になりますかね……? 同行したお嬢様が目立ちすぎません……?」
ダリアがいまいち納得いかず首をひねっていると、一人と一匹が帰ってきた。
ベルタもカロリーナも、ほかに敵は見つけられなかったようだ。痕跡もないという。
「では、まずは片付けですわね」
「お嬢様はお休みください。侍女の仕事です。ダリア」
「はい! あっ、そうだ、さっきの冒険者さんたちは治療しますか? 気を失ってるだけみたいです」
「息があるなら生かしましょう。多少の情報は引き出せるはずです」
「わかりました!……ところでベルタ先輩、さっき『同業者』って言ってましたよね? どう見ても、襲ってきたの侍女に見えないんですけど……?」
「さあ、早いこと片付けなくては日が暮れてしまいますよ」
「あの、ベルタ先輩……?」
常識外れの主従二人に、ダリアはため息を吐く。カロリーナと一緒に。
けっきょく、ダリアの疑問は解消されないままだった。
「お嬢様、冒険者さんたちの治療は終わりました」
「やりますわね、ダリア。また回復魔法の腕をあげたのではなくて?」
「はいっ! 『マリーノ流魔力増強術』も続けてますし、常識に囚われちゃダメなんだなあって気づきましたから!」
「わふぅ……」
「ベルタ。では、縛り上げてくれるかしら? 身動きできなくなるレベルでかまいませんわ」
「かしこまりました。その後、打ち首でしょうか?」
「いいえ、国境まで行ってお爺さまに引き渡しますわよ。不届き者の死体も一緒に」
「さすがお嬢様、ないすあいであです」
「えっ……いいんですか?」
「死体からでも取れる情報はあります。それに、いかにここがルガーニャ王国とはいえ、ヤツらはお嬢様を狙ったのです。マリーノ家に引き渡すのはおかしなことではないでしょう」
「そういうものなんですね」
もちろん違う。
本来であればいったんベリンツォの、ルガーニャ王国の官憲に連れていく。
そののち、一族の者を狙われたマリーノ家がそれを知れば、ロンバルド王国を通して引き渡しを求める。
あとは国同士の交渉でどうするか決まる、というのが本来の流れだ。
だが、さいわいなことに目撃者はいない。
アレナとベルタは、堂々と自分たちの都合のいいように片付けようとしていた。
まあ、ならず者冒険者以外はロンバルド王国出身だろう、という推測もあるので。
「でも、どうやって入ってきたんですかね? 国境にはあんな立派な砦があって、お嬢様のお祖父様がいて、厳重に見まわりもしているみたいだったのに」
「ダリア……ルガーニャ王国と接しているのは、マリーノ侯爵領だけではありませんわ。大軍を動かすのに向いた平地があるのがあそこ、というだけですの」
「そうなんですね!?」
「下級貴族は国外も含めた地図を見る機会は少なかったかもしれませんけれど、これからは学ばなくてはならなくてよ? 弟さんもきっと学んでいますもの」
「うっ。そ、そうですね、がんばります!」
「おおかた、お父様とお爺様が目を光らせているマリーノ侯爵領ではなく、北部の山あいか南の海路を使って迂回してきたんだと思いますわ」
「さて、誰の手の者でしょうか。死体からでも読み取れるといいのですが。ニンジャ隊の腕の見せ所ですね」
「うーん、あのアホ王子ではないと思いますわ。アレが使うなら『王家の影』のはずですもの。聖女、にそんな頭はなさそうですわねえ」
「あるいは、お嬢様が外にいるこの時を利用して、マリーノ侯爵家の力を削ごうとした何者かもしれません」
「まあ! では候補は無数におりますわねっ!」
「えっ。そ、そんなに狙われてるんですか、マリーノ家……だ、大丈夫ですか? お嬢様、また狙われるんじゃ……その、わたしも、命を賭けて守りますけど……」
「ほーっほっほっほ! 妬みも逆恨みもいつものことですわ! こっちを狙うなら何度でも返り討ちにするまでですわよ!」
「お嬢様を狙ったこと、必ず後悔させてやります」
「た、頼もしいですね……」
「きっと、コレを知ったお爺様もお父様も黙っていませんわ! ロンバルド王国のことは二人に任せておけばいいようになりますのよ!」
「あちらにはニンジャ隊も、隊長もいます。報復は苛烈なものになるでしょう」
高笑いするアレナに、侍女のベルタがぎゅっと拳を握って同意する。
カロリーナは二人の迫力を、つよそう!あこがれる!とばかりにキラキラした目で見つめている。
「わ、わたし、味方でよかったですぅ……あの時マリーノ侯爵家を頼った自分を褒めてあげたい……」
ただ一人、マリーノ家に仕えてから日の浅いダリアは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
エドアルド王子から婚約破棄のうえ国外追放されたアレナ・マリーノ侯爵令嬢。
ルガーニャ王国で冒険者として気まま生活を送るも、様々なしがらみからはまだ解放されていないらしい。
初代さまが渇望を『異世界転生日記』に残した「とんかつ」の再現は近づいたが、真の自由はまだ遠いのかもしれない。





