第七話
Eランク冒険者になっても、アレナ・マリーノは止まらなかった。
いや、むしろ加速した。
「ほーっほっほっほ! 『とんかつ』を再現するまで、立ち止まっているヒマはありませんわぁ!」
「お嬢様、今日は何を狙いましょうか」
「それはもちろん! 『ぶた肉』ですわよ!」
「ぶた肉、ということは、『ぶた』のお肉ですか? 『ぶた』……?」
「わふ?」
「ふふん、ダリアのような人のために、初代さまは『異世界転生日記』の中に『ひんと』をいくつか書き残していますわ! 『ぶた』はイノシシを家畜化したものだと!」
「なるほどなるほど……ってダメじゃないですか! イノシシ飼ってる人なんて聞いたことありませんよ!?」
今日も今日とて、アレナはベリンツォ近くのフィールドダンジョン『魔の森』を訪れている。
お散歩? お散歩なの? とはしゃぐ子狼のカロリーナに、無表情にあたりを警戒する侍女のベルタ、何やら騒がしい侍女見習いのダリアとともに。
「初代さまはもうひとつひんとを書いていますわ。そして、それが今日のターゲットですのよ!」
「よかった、イノシシ飼ってる人探すなんて大変ですもんね。ここダンジョンだし」
「初代さまはこう書いています。『うっはー、オークきた! マジで二足歩行する豚って感じだな!』と」
「あっ、ぶた! え、でもオークって……」
「そう、ロンバルド王国ではたいていの地域で食べませんわね。『二足歩行して、原始的であっても社会性のある生き物を食べるなんて』などと気取って」
「はい、わたしも、食べたことないです」
「けれど肉に罪はありませんわ! むしろ、倒した肉をいただかないことこそ悪徳ですのよ! 実際、ルガーニャ王国やマリーノ侯爵領では食べていますもの!」
「…………えっ?」
「ダリア。貴女は『食べたことない』わけありません」
「えっえっ? あっ! まさか、マリーノ侯爵家の夕食で出てきたマリーノ流料理の、なにかわからないけどすんごく美味しかったお肉!?」
「正解ですわぁ!」
「そ、そんな、わたし、オーク食べてたなんて……でも美味しかったし……うん、無駄にするよりは『いただきます』した方がいいと思う、うん、そうだ、問題ない。問題ないぞ、わたし」
悩むダリアの横でカロリーナは首をかしげる。狩ったら食べるよね? と不思議そうな顔で。
けっきょく、ダリアもオーク食に納得したようだ。
ダリアは元貴族とはいえ、貧乏暮らしの経験もあり、食べるものが少ない辛さは知っている。
また、「命を奪った以上は無駄なくいただく」マリーノ家の教えに染まってきたのだろう。
「お嬢様、そろそろです」
「さすがですわ、ベルタ。というわけで! 私が受けた今日の依頼は! オークの殲滅ですわよぉー!」
依頼内容はオークが暮らす集落の殲滅依頼だ。
オーク単体の討伐ならともかく、集落ごと相手取るなどEランク冒険者が受ける依頼ではない。
受けられたのはアレナのゴリ押しの結果である。哀れ受付嬢。
冒険者ギルドから「オークの集落の殲滅」の依頼が出されたのは、「危険だから」という理由だけではない。
依頼が複数パーティを想定していて「可能な限り体を持ち帰るように」と注意書きまでされていたのは、ルガーニャ王国では好んで食べられるオーク肉を食用に卸すためだった。
人気のオーク肉はいい値段になるため、冒険者ギルドとしてもいい稼ぎになっている。
マリーノ領で食べなくとも、遅かれ早かれ、ダリアもオーク肉を口にしていたことだろう。
「ここですわね!」
森の段差から小さな泉を見下ろすアレナ。
泉のほとりには粗末な小屋がいくつも建っている。
まるで、のどかな集落のようだ。
ただし、暮らしているのは人を襲うオークばかりだったが。
「す、すごい数ですぅ……これ、50体以上いませんか……?」
「数が多いですね。これでは群れを分けるのも目前だったでしょう」
「私が遅れたらベリンツォが危うくなる可能性がありましたわね! 間に合ってよかったですわ!」
「がうっ!」
「いい意気込みですわ! 行きますわよ、カロリーナ!」
「あおーんっ!」
「あっ、お嬢様! カロくん! ベルタ先輩、二人が!」
「心配はいりません。私は逃すことないよう補佐してきましょう。ダリアは『聖結界』で身を守っておきなさい」
「えっ、ベルタ先輩も行くんですか!? ……ちょっと心細いですぅ」
二人と一匹が斜面を駆け下りる。
残されたダリアは、木の陰に隠れて、最近覚えた回復魔法の一種『聖結界』を使う。
身を守りつつ、何かあった時には二人と一匹が逃げ込めるように。
だが、ダリアの心配は無用だった。いつものごとく。
「みーんなとんかつにしてやりますわぁ!」
得意の『身体強化』の魔法を使って、アレナがオークの集落に突撃する。
ちょこちょこと短い足でカロリーナも並走している。魔法を使っているのか、それともモンスターとしての身体能力が高いのか。
正面から突っ込む一人と一匹をよそに、ベルタは姿を消した。集落をまわり込んで一匹も逃さないように。
人間たちの侵入に気づいたオークが、フゴーッ!と大きな声をあげる。
2メートル近い体格に、筋肉と脂肪をまとった大柄な体。
振り上げた棍棒と合わせるとかなりの迫力だが、アレナは怯まない。カロリーナも。
「ふんぬっ! ですわぁ!」
「うぉんっ!」
申し訳程度に付け足されたお嬢様らしい言葉遣いでアレナが拳を振り抜くと、一発で一体が沈む。腹を抱えて悶絶する。
すかさずカロリーナが、低い位置に来た首すじを切り裂く。鋭い爪や牙や魔法で。
一人と一匹が縦横無尽に駆けまわると、次々にオークが倒れていった。
アレナが集落の中心地にたどり着くと、ほかより大きな小屋からオークがのっそり出てきた。
体格は変わらないが肌は赤い。
冒険者から奪ったのか、それともダンジョンの産物か、巨大な剣と盾を手にしている。
「お嬢様! 上位種、おそらくオークキングです! ご注意を!」
「オークキング……オークよりも希少で美味しいという評判のお肉ですわね! 問題ありません、むしろ大歓迎ですわぁ!」
「ええ……? 判断基準が驚異度より美味しさなんですかぁ……?」
アレナとベルタ、主従の会話を聞いてダリアが突っ込むも、距離の問題で二人には届かない。
ゴフーッ!と怒りの声らしきものをあげて、推定オークキングが盾を構える。
だが。
「私が相手したうえに! 美味しいとんかつになれるなんて! 光栄に思うといいですわぁー!」
極めた二つの魔法、『身体強化』と『魔力障壁』を全開にしたアレナの敵ではない。
オークキングの剣を魔力障壁で防ぎ、驚いている間にローキックで足を破壊する。
機動力を奪ったら、あとはずっとアレナのターンだ。
大振りの剣をかわして的確に足に、ヒザに、ダメージを与えていく。
オークキングはついに、地面に両ヒザをついた。
足の次は腕を狙われて、オークキングが武器を取り落とす。
亀のように小さくなって盾で身を守ろうとするも、それは悪手だ。
アレナはササッと背中側にまわりこんで、両手で掌底を放った。
「はあっ! ですわぁ!」
届いたのはオークキングの腰のあたりだ。
衝撃が内臓まで達したのだろう、オークキングがごふっと血を吐く。
そのまま、ずうんっと地面に倒れ込んだ。
アレナの勝利である。
「あおーーーんっ!!」
アレナとカロリーナの勝利である。
「オークキングさえ相手にならないとは。さすがです、お嬢様」
殲滅を確認したベルタがアレナに声をかける。
だが、アレナは浮かない顔だった。
「私、失敗してしまいましたわ! モツを壊してしまっては美味しい煮込みが食べられないではありませんの!」
倒し方の問題で。
ダメなの?とばかりに、カロリーナが小首をかしげる。まあ、狼であれば美味しくいただけるだろう。
50体以上のオークとオークキングをあっさり倒した二人と一匹を前に、侍女見習いは呆然としていた。
「オークキングと肉弾戦して……内臓にダメージ与えられるんですね……お嬢様すごい……。『お嬢様』ってなんだろ」
もっともである。





