第五話
ルガーニャ王国、べリンツォの街の冒険者ギルド。
夕方になると、ギルド内の食堂兼酒場は仕事を終えた冒険者たちで賑わう。
いつもならさまざまな話題が飛び交うが、今日は一つのネタで持ちきりだ。
今日初めて依頼を受けた新人冒険者、アレナ・マリーノのことで。
だがそれも仕方あるまい。
ロンバルド王国の国境から近いこの街では、子供たちは「悪いことしたらマリーノが来るよ!」と言われて育つ。
ちなみに年配であればそのあとに「燃やされちゃうよ」と続き、比較的若い人になると「埋められちゃうよ」となる。
先代侯爵と現侯爵の得意な魔法に対応した脅し文句だ。
もちろん自然発生したものではない。
マリーノ侯爵家が誇る「ニンジャ部隊」による工作である。
ウワサ一つで戦争の抑止、そこまで行かずともいざ戦う際に恐怖心を呼び起こせるなら充分だろう。
さて。
冒険者たちが「マリーノなのに絡んだヤツをアレだけで返すなんて優しかったな」「言動はともかく……見た目は好みだ」「アイツらさっさと別の街に逃げたらしいぜ」「当たり前だろ、じゃなきゃ俺らで追放してやったよ、何が悲しくて『マリーノ』を怒らせなきゃなんねえんだ」などと盛り上がっているところで。
冒険者ギルドのスイングドアが、ばたーん!と勢いよく開いた。
「ごきげんよう!」
アレナ・マリーノの帰還である。
もはや恒例のごとく挨拶して、視線を気にすることなくカウンターに向かう。
アレナの前を、子狼のカロリーナが意気揚々と先導して、斜め後ろには表情を変えず侍女のベルタが控える。
一番うしろを、侍女見習いのダリアがお騒がせしてすみません、とばかりにぺこぺこしながら進む。
「お帰りなさい、アレナさん。受けたのは薬草採取でしたね」
けっきょくアレナ担当になった受付嬢が声をかける。
まあ、アレナは声をかけられる前から彼女の元に向かっていたのだが。
「くふふっ、もちろん達成しましたわ! ベルタ!」
「はっ。……あっ」
薬草を提出しようとしたベルタの前に、カロリーナがささっと駆け込む。
しゅたっとカウンターに飛び上がって、くいっと首の布袋を示す。
「あらあら、カロリーナったら。先に見せたいんですのね?」
「ウォフッ!」
「ウチのカロリーナは賢くて可愛くて最高ですわぁ!」
「えっと、あの」
「受付嬢さん、まずはここに入っている分を納品しますわ! カロリーナが見つけた薬草ですのよ!」
自慢げなカロリーナから袋を外したアレナは、カウンターの上にどさっと薬草を取り出した。
カロリーナがすーんと鼻を上げて胸をそらす。
「こんなに。ふふ、カロリーナさんは優秀ですねえ」
薬草の束を見て受付嬢がニッコリ笑う。
褒められたのがわかったのか、カロリーナは受付嬢の手に頭を押し付ける。えらいでしょ、撫でていいよ、とばかりにグリグリと。
「23本、たしかに受け取りました。報酬はどうされますか?」
「もちろん、カロリーナの分はカロリーナにお願いしますわ!」
「よかったですね、カロリーナさん」
「こちらにお入れください」
ベルタが用意した皮袋に、銀貨と数枚の銅貨が入れられる。
紐で首から下げられた皮袋に、カロリーナは興味津々だ。これで美味しいもの買える?とでも言いたいのか、目をキラキラさせてアレナを、受付嬢を見つめる。
「可愛い……失礼しました。薬草は以上でしょうか?」
「いいえ、そんなわけありませんわ! 今度こそ、ベルタ!」
「はっ。こちらにお出ししてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「では……」
カロリーナが納品した薬草を片付けたカウンターの上で、ベルタが黒い皮の袋を逆さまにする。
両手で持てる程度の皮袋はそれほど膨らんでいない。
だから、受付嬢も油断していたのだろう。
ベルタが皮袋の中に手を突っ込んで掻き出すと。
どさどさどさっと、大量の薬草が出てきた。
カウンターに小さな山を作るほどに。
「こ、こんなに!」
「ほーっほっほっほ! アレナ・マリーノの手にかかればこれぐらいたやすいことですわぁー!」
受付嬢の反応に気を良くしたアレナが高笑いする。
「まさか、マジックバッグ……!?」
「これがあれば大きな荷物を持たずにすみますもの。長旅には必須でしょう?」
「お嬢様……? そりゃあれば助かるでしょうけど、冒険者には手に入りませんよ……ううん、たいていの貴族だって普通は……」
「あら、我が家にはあと二つありますわよ?」
「お嬢様。箱型も入れると三つです」
「すごいですね、アレナさん……その、よその国のことなんでわかりませんけど、たぶんマリーノ家は普通じゃないと思います」
「ですよね! よかった、わたし、旅の間もここ数日も、わたしがおかしいのかと思って……!」
国宝レベルに貴重で手に入らないマジックバッグの存在を、持ってて当然のように言う主従に受付嬢はドン引きだ。
ようやく感性の合う人を見つけたダリアは、目をうるませて受付嬢の手を握りしめる。
まだカウンターに居座るカロリーナは後ろ脚で首をカシカシしている。
カオスである。
だが、これで終わりではない。
「薬草の納品はこれでよろしくて? 私、見せたいものがあるのですけれど?」
「あっはい、ちょっと待ってください。応援を呼びます! ちなみに見せたいものって……その、大量だったりしますか? まさか薬草より多いなんてことは」
「んふふふふ。そうですわねえ、私が言えることは……場所は、あの低いカウンターにした方がよさそうということかしら?」
「い、いますぐ準備します!」
ベリンツォの街の冒険者ギルドのカウンターは、一番奥が低くなっている。
大型素材の納品や、大量の素材を出す時に使われる。
薬草のチェックをほかのスタッフに任せて、受付嬢はこわごわとアレナを見つめる。
「では、こちらに出してください」
「ベルタ」
「かしこましました」
腕を組んだアレナはニマニマを抑えきれていない。
先ほどと同じように、ベルタがまた黒い皮袋をひっくり返して手を突っ込む。
今度はどばーっと、大量の種がこぼれ落ちた。
一粒一粒は拳よりふたまわりほど小さい程度しかない。
だが、数が半端ではない。先ほどの薬草よりも。
マジックバッグから出した種は、こんもりと山を作った。
「こ、ここ、こんなに!?」
「ほーっほっほっほ! 貴女、なかなかいい『りあくしょん』ですわね! 気持ちいいですわぁ!」
受付嬢は目を見開いてぽかーんと大口を開ける。
アレナのバイブル『異世界転生日記』にあった「てんぷれ」を体験できて、お嬢様はご満悦であった。