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第四話


 ベリンツォの南にあるフィールドダンジョン『魔の森』。

 森でありながら実際の面積よりも広く、どれだけモンスターを倒しても絶滅しない。

 南の山脈に近づくほどモンスターは強くなるため、山脈、もしくはその麓に「ダンジョンボス」がいると考えられている。

 ボスの姿さえわからない未踏のダンジョンだ。

 ただ、森からモンスターが出ることはほぼなく、柵と石壁で守られたベリンツォの民はわりと安心して暮らせていた。

 なお一攫千金を狙えるダンジョンではないため、ベリンツォの冒険者はほぼ地元民だった。


「こんなに薬草が生えてる群生地をあっさり見つけるなんて……」


「ほーっほっほっほ! さすがですわ! ウチのカロリーナは天才ですわねぇー!」


 その『魔の森』に、アレナの高笑いが響き渡る。

 掲げられたカロリーナはぶんぶん尻尾を振って、心なしか胸を張って誇らしげだ。

 まず、貧乏貴族時代に活動していてEランク冒険者だった侍女見習いのダリアが一本見つけた。その匂いと魔力を覚えてカロリーナが消えること30分。

 戻ってきたカロリーナは、キリッとした顔でアレナを先導した。

 たどり着いたのがここ、ぼっかりと木々が開けた場所にある薬草の群生地だ。


 アレナが子狼のカロリーナを撫でまわしてる間に、ダリアがせっせと薬草を採取する。

 採り方を教わったアレナも数本採取してみる。

 根ではなく葉に薬効があるタイプのため、アレナは茎からスパッと刈る。

 人間たちが器用に薬草を採るのをカロリーナはじっと見つめていた。

 そして。


「ウォンッ!」


 カロリーナがひと吠えすると、薬草の茎が切れた。

 目の前の一本と、奥のもう一本。


「まあ! カロリーナは風魔法も使えますのね!? すごいですわぁ!」


 魔力の発動に気づいたアレナがカロリーナをベタ褒めする。

 小さな前脚で薬草を集めだしたカロリーナを手伝って袋詰めする。

 終わると、アレナは布袋の口を閉じてカロリーナの首にかけた。


「これはカロリーナが採取した分ですわ!」


「わふっ」


「ふふ、カロくんは本当に賢いですねえ」


 子狼を猫可愛がりする二人は、すっかり『魔の森』に来た当初の目的を忘れている。

 いや、冒険者ギルドで受けた依頼は「薬草採取」なので合ってはいるのだが。

 いまのところ、アレナの望みだった「モンスターを倒しまくって『こ、こんなに?』と驚かれる」テンプレは遠い。モンスターどころか獣さえ倒していない。


「お嬢様」


「お帰りなさい、ベルタ。面白いものは見つかって?」


「はい、こちらへ」


「わかりましたわ。さあ、行きますわよ、カロリーナ!」


「……え? ベルタ先輩、まだ薬草が残って……行きます、置いてかないでくださいー!」


 さっきカロリーナがアレナを先導したのと同じように、今度は侍女のベルタが二人と一匹の前を歩く。

 メイド服のまま、森の中を。フィールドダンジョン『魔の森』を。


 やがてたどり着いたのは、今度もまた木々が開けてぼっかり開いている場所だった。

 だが、先ほどとは違う。


「ベルタ先輩、これは……?」


 薬草はアレナのヒザあたりの高さだったが、今度は胸ほどの高さがある。

 開けた場所に生えていたのは、草ではなく低めの樹木だった。

 それも、ずらっと一面に。


「ほあーっ! やりましたわね、ベルタ! さすがですわぁ!」


「お褒めに預かり恐縮です、お嬢様」


「わふ?」


「なんでしょうねえ、カロくん。わたしもわかりません」


「ふふん、私が教えてあげますわ、ダリア! これは『とんかつ』の再現に必要な素材のひとつ!」


「あっ、さっきお嬢様が言いかけてた——」


「そうですわ! まだまだ必要なものはありますけれど……この種吹樹シードショットオリーブは外せないんですわぁー!」


「…………これ、食べられるんですか?」


 びしぃっ!とアレナが指差した先、木を見て首をかしげるダリア。

 アレナの足元でカロリーナも首をかしげている。


「いいえ、ダリア。この木を食べるわけではありません。どうなさいますか、お嬢様」


「考えるまでもありませんわ!」


 植物系モンスターの群生地と聞いても、アレナは臆することなくずんずん前に進む。

 近づく人間に気づいたのか、種吹樹シードショットオリーブは枝葉を鳴らしてアレナに正面?を向けた。


「『魔力障壁』!」


 魔力を込めて防御用の魔法を発動すると、アレナはさらに近づく。

 と、手前の種吹樹シードショットオリーブが拳よりふたまわり小さい種をしゅっと飛ばす。


「危ないっ! お嬢様!」


 種吹樹シードショットオリーブが飛ばす種は硬い。

 防具を貫通することはないが、生身で受ければひどい打撲になる。

 だが、焦るダリアを尻目にアレナは動かない。

 ベルタも無表情のままアレナの背後に控え、カロリーナはぱかっと口を開けている。あれ食べられるのかなあ、とばかりに。


 飛んできた種はアレナの目の前、空中で止まった。

 かつて盗賊に襲われた際、矢さえ止めた『魔力障壁』の効果である。


「ほーっほっほっほ! ()になる種を自ら献上するとは、見上げた心意気ですわぁ!」


 高笑いしながら、アレナはさらに群生地に近づいていく。

 無数の種吹樹シードショットオリーブが侵入者に枝葉を向ける。

 さらに踏み込むと、一斉に種が撃ち出された。


「無駄無駄無駄ァ! ですわぁ!」


 ガガガッと音を立てて無数の種が『魔力障壁』に止められる。

 障壁の内側でカロリーナがぴょんぴょん跳ねる。


 開けた場所の種吹樹シードショットオリーブすべてが種を撃ち出すようになると、アレナはそこで立ち止まった。

 魔力障壁に止められた種がボトボトと落ちていく。

 積み重なった種がアレナのヒザを超えたころ、ようやく種吹樹シードショットオリーブは種を撃ち出さなくなった。弾切れである。


「くふふっ、さあ回収の時間ですわ! 私が美味しい『とんかつ』にして差し上げますわよぉ!」


 落ちた種まで含むように魔力障壁を張り直して、アレナがいそいそと魔法の袋(マジックバッグ)に回収していく。

 ベルタはささっと手伝いはじめ、呆けていたダリアも種拾いに参戦する。

 カロリーナもはむっと咥えて種を運ぶ。ヨダレでべちょべちょだ。


 小一時間ほどして素材採取がひと段落したところで。


「お嬢様、このあとはどうなさいますか? 種吹樹シードショットオリーブは葉も幹も売れるようです」


 ベルタの冷たい目で見られて、種吹樹シードショットオリーブの葉がざわっと動いた。気がする。


「ふふん、ベルタはまだまだですわねえ。種吹樹シードショットオリーブは倒しませんわよ!」


「えっ? でもお嬢様、これ木に見えてモンスターですよ? ま、まさかまた、女体化?を狙って!?」


「わふ?」


 アレナの言葉にほっとしたように枝から力を抜き、ダリアの呟きにびくぅっ!と枝葉を広げる。

 カロリーナは、どうするの?とでも言いたげに首をかしげてアレナを見上げ。


「決まってますわ! ここはダンジョンですもの、民が危険に陥ることはありません。ですから」


「ですから?」


「放置しますわ! そうすれば、また種を取りに来られますもの!」


 名案を思いついた、とばかりにアレナが宣言する。

 種吹樹シードショットオリーブを見つめる目はもはや愛しげだ。


 今後も絶望的な戦いを挑まれると知って、種吹樹シードショットオリーブは、へにょりと葉を垂らした。いくらモンスターでも、樹に思考能力はないはずなのに。




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