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第三話


「ごきげんよう!」


 アレナ・マリーノが冒険者登録をした翌日。

 ベリンツォの街でもそれなりの宿に泊まってぐっすり眠ったアレナは、昨日に続いて冒険者ギルドを訪れた。

 バーン!と勢いよくスイングドアを開ける。

 キリッとした顔のカロリーナと、無表情なベルタと、どこか申し訳なさそうな顔をしてダリアが続く。


「いらっしゃいませ、アレナさん」


「さあ、今日が(わたくし)の英雄譚、その記念すべき初日ですわ!」


「あの、お嬢様。昨日も『はじまりますのね!』って言ってたような」


「ダリア。お嬢様は『人生はいつだって今日が初日なのですわ!』と言っています」


「なるほど、そうしてワクワクと緊張を忘れないわけですね! さすがお嬢様です!」


「……記念すべき二日目ですわ!」


「…………ベルタ先輩? 違うみたいですけど?」


 ダリアに見つめられたベルタがふいっと視線を逸らす。

 顔を赤くしたアレナは、侍女と見習いの会話が聞こえないかのように、昨日知り合った受付嬢の前に向かった。

 カウンターに、カロリーナがちょこんと前脚をかける。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」


「ふふん。街で困っていることを私に頼んでもよろしくてよ?」


「お嬢様は『依頼を受けに来たに決まっていますわ!』と言いたいようです」


「あっベルタ先輩が弱気になってる。がんばれ先輩!」


「登録したばかりのFランク冒険者ですから、このあたりはどうでしょう。倉庫の整理、荷物の配達……その、いまは関係ないとはいえ貴族の方、それもあの『マリーノ家』の方に頼むようなことではないのですが……あっ! 古くなった家の解体なんてどうでしょう!」


 アレナは昨日、ベリンツォの街の冒険者ギルド長と直接会話して冒険者登録が認められた。

 特別扱いはしない、何があっても自己責任、とたがいに言い交わして。

 ゆえに、貴族であっても実力を見せても、アレナは新人の「Fランク冒険者」となった。

 いくつか依頼をこなせばEランクに上がるのも冒険者ギルドのルール通りだ。

 なおランクはA〜Fに分かれていて、その上に「Sランク」が存在する。

 世界でも数人しかいない「Sランク」がなぜ「S」なのか、理由は誰も知らな——くはない。冒険者ギルドの設立に多大な功績を残したマリーノ侯爵家の初代、リヒト・マリーノがそう決めたからである。


「いいえ、冒険者登録して最初に受ける依頼は決まっていますわ! 『薬草採取』ですのよ!」


「特に決まっているわけではありませんが……」


「あの、お嬢様。最初は街中の依頼を受けるのが基本です」


 ちなみに、アレナと一緒にベルタも冒険者登録してFランクとなった。

 が、ダリアは貧乏貴族時代に冒険者として活動していた期間があったため、実はEランク冒険者だったのだという。一行の中では一番上である。


「『異世界転生日記』に書いてありましたもの! 薬草採取に行って、ついでにモンスターを倒して持ち帰り、『こ、こんなに!?』と驚かれるまでが『てんぷれ』なのですわぁ!」


「じゃあなんで『頼んでもよろしくてよ?』って聞いたんでしょうか、お嬢様……」


「あの、みなさん? ぜんぶ聞こえてるんですけど…………」


「うぉんっ!」


「そうですね、カロリーナ。お嬢様が楽しそうで何よりです」


 遠い目をするダリアと受付嬢をよそに、アレナは手続きを済ませて意気揚々と冒険者ギルドを出ていった。

 静かに付き従うベルタと、やくそう?それおいしい?ねえそれおいしいの?とわちゃわちゃはしゃぐカロリーナを連れて。

 短時間でぐったりした受付嬢にぺこっと頭を下げて、ダリアも。




 冒険者ギルドを出たアレナ一行は、そのままベリンツォの街から離れた。

 外周に広がる農地を越えて、向かったのは街の南に広がる森だ。


「ずいぶん魔力の濃い森ですのねえ」


「冒険者ギルドの情報によりますと、ここは『魔の森』と呼ばれるフィールドダンジョンのようです」


「ここが……! 私、『異世界転生日記』で読みましたわ! フィールドダンジョンは、最奥のボスを倒さなければ素材もモンスターも取り放題ですのよ!」


「あっ、お嬢様! これが依頼の『薬草』です!」


 ロンバルド王国と比べると、ルガーニャ王国はダンジョンの数が少ない。

 そのため、食料はダンジョン産にほとんど頼らず農地で育てられている。

 ルガーニャ王国が『農業大国』と呼ばれ、『魔法と芸術の国』ロンバルド王国から下に見られる理由である。


 アレナがベリンツォを目的地に選んだのは、実家から近いこともさることながら、フィールドダンジョン『魔の森』の存在も大きかった。

 アレナが言うように、ボスさえ倒さなければダンジョンの魔力により資源が補充される。つまり、素材が取り放題なのだ。


「あら、『薬草』はわずかながら魔力があるんですのね! ならば簡単ですわ! ベルタ」


「はっ。周辺を探ります」


「うぉんっ!」


「カロリーナも手伝ってくれるんですのね? 任せましたわ!」


 アレナに声をかけられたベルタがさっと走り出す。

 まかせて! カロがんばる! とばかりに、子狼のカロリーナもあとに続いた。


「あの、お嬢様? ベルタ先輩とカロくんが薬草探すなら、お嬢様とわたしは何をしましょうか?」


「そんなの決まってますわ! モンスター狩りですの! 受付嬢を驚かせてみせますわよぉー!」


「あっ、ほんとにやるんですね……がんばります!」


 薬草採取もそこそこに、アレナはずんずん森を進む。

 まだ森が浅く、魔力も薄いせいかモンスターの姿はない。

 狼型モンスターのカロリーナは別として。


「お嬢様、ちょっと聞いてもいいですか?」


「なんですの? 主従とはいえ、ダリアは『身内』ですもの。遠慮せずなんでも聞くといいですわ!」


「ありがとうございます。その、お嬢様が再現したい『とんかつ』ってどんな食べ物なんでしょうか。やっぱり美味しいんですか?」


「わかりませんわ!」


「えっ!?」


「マリーノ侯爵家の初代さまは『ふつうのこうこうせい』で、料理なんてしたことなかったそうですわ。ですから、再現できない故郷の味を渇望されたようですの」


「なるほど……えっ、でもそうしたら『とんかつ』を再現するのなんて無理なんじゃ」


「初代さまが知る限りの故郷の味は書き残されていますのよ! 『脂たっぷりでこってりどっしり、サクサクじゅーしーで体力のつくとんかつ』もその一つですわ!」


「…………どんな料理かまったくわかりませんね!?」


「ほーっほっほっほ! 初代さまに抜かりはありませんわ! それとは別に、必要な素材も書かれていますのよ!」


「よかった、ヒントはあるんですね! じゃあなんとかなりそうな、あれ、でもそこまでわかっててなんで誰も再現しようとしなかったんですか? 初代さまも、マリーノ侯爵家の人も」


「初代さまは忙しく、料理ができなかった。侯爵家は簡単ですわね、『とんかつ』がロンバルド王国の食文化に合わなかったからですわ!」


「あっ。貴族、それも上級の人たちは『小さくて細い女性こそ至高』で、料理はあっさりしたものをちょっとしか食べないって……」


「そう、それは過酷なだいえっと生活でしたわ……けれど! すべてから解放されて! ロンバルドを出たいまこそ! 『とんかつ』を再現する時なのですわぁー!」


 フィールドダンジョン『魔の森』にアレナの声が高らかに響き渡る。

 音を聞きつけてモンスターが集まりそうなものだが、アレナはまったく気にしていない。

 むしろ襲ってきたら喜ぶことだろう。


 ダイエットから解放されて、脂っこいものを食べたい。

 それも、アレナのバイブル『異世界転生日記』にある、初代さまが渇望した「とんかつ」を。

 アレナの意志は固い。とんかつ食べたい。




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― 新着の感想 ―
良くある、ふつうのこうこうせい(普通じゃない)じゃなくて、ホントに普通だったのか。 家庭科じゃトンカツはつくらないか、ご飯味噌汁に焼き魚?肉野菜炒め?ハムエッグ? 元国、揚げ物無さそう。
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