第二話
ルガーニャ王国、ベリンツォの街の冒険者ギルド。
素行の悪いゴロツキ冒険者三人組にからまれたアレナ・マリーノ侯爵令嬢は、なぜか喜んでいた。
侯爵家の初代が遺した『異世界転生日記』そのままの展開に。
「私、自分より弱い方の下につく気はありませんのよ?」
「はあ!? テメェが俺らより強ェってか!?」
「冒険者舐めてんじゃねえぞ!」
「こりゃちょーっと痛い目見せてやらねえとなあ」
「くふふっ、そうそう! これが期待してたヤツですわぁ!」
三人に詰め寄られてもアレナはまだ笑顔だ。
背後に控える侍女のベルタは無表情のまま動かず、侍女見習いのダリアはあわあわしている。
アレナの腕の中で、カロリーナはうなる、かと思いきや、くいっとアゴを上げて三人組を半目で見ていた。コイツらじゃ相手にならないんじゃないのー?とばかりに。上から目線である。
「では私が上であると教えてやらねばなりませんわねぇー!」
「お嬢様。冒険者ギルドはたいてい訓練所が設けられています」
「受付嬢さん? ベリンツォのギルドにも訓練所はあるのかしら?」
「は、はい、ありますけど……」
「案内してくださる?」
「えっ、あっ、はい」
アレナがニコッと微笑むと、受付嬢はなんとなく頷いてしまった。
カウンターから出て「こちらです」と案内に立つ。
普通、訓練所の場所を聞かれても「あの扉の向こうです」と示すぐらいなのに。
居合わせた冒険者たちも、アレナに絡んだ三人組さえ、受付嬢が案内することに疑問を覚えなかった。
これが、日常から人に命じ慣れ、案内があって当然の生活を送ってきたお貴族様パワーである。たぶん。
ベリンツォの街の冒険者ギルドは裏手に訓練所がある。
といっても、20メートル四方で地面はむき出しの土、屋根もない、ただの空き地のようなものだが。
その訓練所の中央に、二組の男女が向かい合っていた。
「お嬢様。どうなさいますか?」
「ベルタ、ダリア。手出し無用ですわ!」
「かしこまりました」
「ホントなら心配した方がいいんだけどお嬢様だからなぁ……あの人たち青毛熊より弱そうだからなぁ……」
「わう?」
「ふふ、カロリーナも、私の勇姿を見ておくといいですわぁ!」
「あ? 一対一かよ。んじゃ俺が」
「あら? そちらは三人でよろしくてよ? まとめて相手して差し上げますわ!」
「はあ!? 舐めてんのか!?」
「ぼっこぼこにしてやるよ!」
「まあまあ、落ち着けお前ら。顔はやめとけよ? 傷つけたらそのあと楽しめねえだろ?」
二人と一匹を下げたアレナの前に、人相の悪い顔をニヤニヤさせた冒険者三人組が並ぶ。
食堂にいた冒険者たちや、つい案内に出てきた受付嬢は壁際で目を丸くしている。
ギルド職員が止めようとしたが「これは訓練だからなあ?」と言われてすごすご引き下がっていった。
「はじまりの合図はどうしますの?」
「はあ? そんなもん——俺らが動き出した時だよ!」
「オラァ!……は?」
「おいおい何してんだ、寸止めにしても手前すぎんだろ。…………んだこれ?」
不意打ちを仕掛けた三人の攻撃が止まった。
剣も、槍も、拳も、すべて。
何度叩きつけてもアレナの体には届かない。
「はあ。この程度の『魔力障壁』も突破できませんのね」
「んなバカな! 『魔力障壁』で剣を防げるなんて聞いたことねぇぞ!?」
「無知ですのねぇ……」
「てめえら! 手ェ緩めんな! これが『魔力障壁』だってんなら防ぐたびに魔力が減るはずだ!」
「くくっ、嬢ちゃん、攻撃は苦手みてぇだしなあ」
「身持ちのかてぇ女を崩してくって興奮するぜ!」
本来、魔力障壁は魔法は防ぐが物理攻撃に弱い。
また、魔法を防ぐたびに術者の魔力が削れていく。
なぜ物理攻撃を防げるのかわからないものの、攻撃を継続して魔力切れを狙う、ゴロツキ冒険者の決断は悪くなかったと言えるだろう。
相手がアレナでなければ。
「そろそろ攻撃してもいいかしら?」
「おめえら、警戒しろ! 魔法がくるぞ!」
「はっ、魔法なんて詠唱してるあいだに攻撃すりゃ、ごふっ!」
「…………は? お嬢サマが、拳で? んぎゃっ!」
「ウソだろはや、ぐあー!」
障壁を壊すために近くにいた三人をアレナが殴る。
一発ごとにゴロツキが一人ずつ飛んでいった。
土の地面を転がり、奥の壁にぶち当たってようやく止まる。
積み重なるように壁際に倒れる男たちが起き上がる様子はない。
「ほーっほっほっほ! 弱すぎますわぁ!」
「さすがです、お嬢様」
「あの、わたし、あの人たち治してきた方がいいですか?」
「無用です。本来なら殺りたいところですが、お嬢様が楽しそうなので許しているだけです」
「聞こえない。わたしは何も聞こえないですぅ」
訓練所の中央で高笑いするアレナ。
戦いが終わったことを感じ取って、端にいたカロリーナがたたーっと駆け寄る。
アレナは、キラキラした目で見上げてくるカロリーナの頭を撫でた。
緊張感の緩んだアレナに、おずおずと受付嬢が近づいてくる。
「あの、お嬢様は何者なんでしょうか。貴族だろうなって思ったんですけど、こんなに強くて、しかも戦い方が、その……」
徒手空拳で戦うなんて貴族らしくない、と言いたかったのだろう。
言葉を飲み込んだ受付嬢に、アレナがにっこりと微笑みかける。
「問われたからには名乗りましょう! 私は! 今日から冒険者となるアレナ・マリーノですわぁー!」
びしっと右手をあげて高らかに宣言する。
つられてカロリーナがあおーん!と力強く遠吠える。
アレナの名乗りを聞いて、冒険者ギルドに激震が走った。
威勢の良さとカロリーナの可愛さに、ではない。
「ま、待て、いまあのお嬢ちゃん『マリーノ』って言ったか……?」
「おちおちおちつけ。きっとよくある家名なんだ。きっとそうだ」
「過酷な現実を理不尽な魔法でぶっ潰してきた、『ロンバルド王国の破壊神』」
「ぐ、軍も、モンスターさえ、賢いヤツぁ領地に近づかねえって聞いたぞ……」
ルガーニャの冒険者たちが引きつった顔でざわざわ騒ぎ出す。
ロンバルド王国において、マリーノ侯爵家は『王国の守護神』と呼ばれていた。
豊富な魔力量と柔軟な発想から繰り出される魔法で、モンスターの大群も、敵国の侵攻も一蹴すると。
翻って、他国では。
まして、数十年前にロンバルド王国に侵攻して、たった二人の「マリーノ」の魔法で止められたルガーニャ王国では。
守護神ではなく、「破壊神」と呼ばれているらしい。
「私、国外追放されましたの。ですから、マリーノ侯爵家とは関係ないのですわぁ!」
「はあ、追放……それでその、なぜ冒険者に?」
「そんなの決まっていますわ! 『お金を稼ぐなら冒険者がいい』って『異世界転生日記』に書いてあったのですわ!」
「ち、ちなみにその、ベリンツォ、いえ、ルガーニャ王国を落とそう、なんてことは……?」
「あるわけありませんわ! 私、冒険者としてお金を稼いで、『とんかつ』を再現するのに忙しくなるんですのよ!」
「は、はあ」
堂々と言い切るアレナを前に、受付嬢は首をかしげた。
まったくよくわからない。
困って振り返ると、冒険者に混ざってこっそり様子を見ていたギルド長と目が合った。
「えっと、詳しい話はギルド長にお願いします。それで問題なければ冒険者登録しますので」
「まあっ、ギルド長! くふふっ、大物新人すぎて『新規登録からのギルド長呼び出しぱたーん』ですわね! ええ、よろしくってよ!」
抑えきれない笑顔をこぼして、アレナは受付嬢のうしろに続く。
侯爵令嬢アレナ・マリーノがルガーニャ王国、ベリンツォに到着した初日。
国外に出て自由を得たアレナは、さっそく生き生き暮らしていた。
頭を抱える冒険者ギルド長にとっては迷惑なことに。