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第一話


 ルガーニャ王国の都市ベリンツォ。

 ロンバルド王国との国境に近い街は、さまざまな要因で栄えてきた。

 古くは対ロンバルド王国のための軍の駐屯地や物資の集積場所として。

 過去の敗戦でロンバルドと戦うことを諦め、平和に交流できるようになってからは交易都市として。

 そして、現在では周辺を含めた農業地帯として、また、()()()()()()()()を抱えて発展した街として有名だ。


 形を変えながら栄えてきた都市ベリンツォは、周辺を含めて複層的だ。

 一番外側は農地が広がり、低い木の柵と土の壁で申し訳程度に囲われている。

 ロンバルド王国国境で『魔卿』がかましたのを見て、対抗すべく土壁を築こうとしたのだという。

 ただ、土魔法使いの魔力が足らずにほとんどは木の柵になったとか。

 とはいえ、都市の外というモンスターがはびこる場所において、申し訳程度でも壁があることは農民に安心を与えている。


 土の道を幌馬車で通り過ぎると、今度は石の壁と門が見えてくる。

 軍の駐屯地時代に造られた3メートルほどの外壁で、ベリンツォの住人はほとんどがこの中で暮らしている。

 街へ入る商人や旅人、帰ってくる冒険者や農民をチェックするのもここだ。

 普通に見える幌馬車はともかく、メイド服を着た侍女と侍女見習いを連れた少女を見送る兵士の顔が引きつっている。


 発展しているとはいえ、街の中の大通りは石畳ではなくむき出しの土だった。

 その大通りを幌馬車が進んでいく。


「お嬢様、まずは宿の確保に向かいますか?」


「いいえ、ベルタ。最初に向かうところは決まってますわよ!」


 幌馬車と行き交った人々は、ギョッと二度見する。

 なんの変哲もない幌馬車(に見える)のに、御者は商人でも農民でもない、メイド服を着た侍女なので。

 御者をするベルタも、その少しうしろで興味深げにきょろきょろする侍女見習いのダリアも、通行人の視線を気にした様子はない。

 なにしろ、二人の主人が見られまくるのはいつものことなので。


 侍女と侍女見習いのうしろ、幌が外された馬車の荷台のうえには、腕を組んで直立不動する一人の少女がいた。

 ベルタとダリアの主人、アレナ・マリーノである。

 足元の子狼、カロリーナ(オス)は、アレナの真似してキリッとした顔でお座りしている。


「自由な立場で初めての街に行ったら! 最初に行くのは冒険者ギルドですわ!」


「そ、そうなんですか? わたし、知らなかったです」


「ふふん、ダリアが知らなくても当然ですわ! 初代さまが『異世界転生日記』に書き残されたことですもの!」


 アレナがふんす、と鼻息荒く胸を張る。

 お座りしたカロリーナはきらきらした目でご主人様を見上げている。

 いまいち納得できないのか、ダリアはちょっと首をかしげた。


「お嬢様。冒険者ギルドに到着しました」


「ご苦労様ですわ、ベルタ! さあ行きますわよぉー!」


 待ちきれない、とばかりにアレナが荷台から飛び降りる。

 カロリーナもしゃっと飛んでちょこまか追いかける。


「ダリア。停車場まで任せました」


「あっちょっ、ベルタ先輩!?」


 お嬢様を一人にはしておけないと、御者席にいたベルタまで飛び降りる。

 慌てて、ダリアが御者席に座る。

 振り返った馬は、やれやれ、お前も大変だねえ、と言いたげな目をダリアに向けていた。




「ごきげんよう!」


 上がりきったテンションそのままに、アレナがスイングドアをばんっと押し開ける。

 冒険者ギルドの中にいた人たちの視線がいっせいに向けられた。

 だが、アレナが怯むことはない。

 王子の元婚約者として、侯爵令嬢として、注目を浴びるのが当たり前の世界で生きてきたのだ。


 堂々と胸を張るアレナが室内を見渡す。

 足元のカロリーナも、四本の足ですっくと立って勇ましく睥睨する。


 ベリンツォの冒険者ギルド。

 入って左側はカウンターになっている。

 女性受付嬢も男性スタッフも、勢いよく入ってきたアレナをぽかんと見つめていた。

 カウンターは奥で途切れ、そこは冒険者が持ち込んだ大型素材を受け渡せるようになっている。


 右手は木のテーブルとイスがいくつも並ぶ待ち合わせ・打ち合わせスペース兼食堂兼酒場だ。

 この時間は出ているのか、冒険者はちらほらとしかいない。

 とうぜん、みんな場違いな格好をした令嬢と侍女、侍女見習いに注目している。


 カウンターと食堂の間、奥には階段があった。

 外から見てもずいぶん背の高い建物だったが、二階、もしくは三階まであるようだ。

 階段隣には外に繋がる扉もある。


「くふふっ、これが『冒険者ギルド』ですのね! 『異世界転生日記』にあった通りですわぁー!」


「いらっしゃいませ、お嬢様。依頼でしょうか?」


「いいえ、(わたくし)は冒険者になりにきたんですの!」


「えっ。ああ、護衛の方の冒険者登録でしょうか? 侍女さんしか見当たりませんが、外ですか?」


「違いますわ! 私とベルタ、ダリア、三人の冒険者登録ですわよ!」


「うぉんっ!」


「あら、ごめんなさいねカロリーナ。この子の従魔登録もお願いしますわ!」


 ひゅっと飛んだカロリーナを抱き抱えて、話しかけてきた受付嬢に見せる。

 カロリーナはきりっとお澄まし顔だ。


「は、はあ。ではこちらにお願いします」


「ほーっほっほっ! ついに私の華麗なる英雄譚がはじまりますのね!」


 受付カウンターに近づくアレナは上機嫌だった。

 なにしろ、領都マリノリヒトや王都では、いかに「お忍び」でも冒険者ギルドには行けなかったのだ。

 武器を持って戦える者たちとの無用な戦闘を避けるために。

 冒険者には貴族嫌いな者も多い。

 また、「誰でもなれる」ゆえ、一定数はゴロツキまがいの荒くれ者がいる。


「おいおい、嬢ちゃんばっかで冒険者登録だと? 舐めてんのか? おぉん?」


 ちょうど、アレナの背後から入ってきてさっそく絡む三人組冒険者のような、ゴロツキが。


「おーおー、こんなカワイイ子たちが冒険者ねえ。どうだ、オレらと組まねえか?」


「守ってやる代わりにいろいろしてもらうけどなぁ!」


 食堂にいた冒険者たちは、入ってきた三人のゴロツキに舌打ちする。

 カウンターの受付嬢や男性スタッフもしかめつらだ。

 地元民が多いのどかなベリンツォの冒険者ギルドに最近やってきた三人組は、素行の悪さで有名になっていた。

 それでも何かしら犯罪を犯したわけではなく、ギルドは注意程度しかできない。

 腕が立つとあって地元冒険者たちも強く出られない。

 いまも「冒険者希望の女性に話しかけただけ」「パーティに誘っただけ」だ。


 話しかけられたアレナは、うつむいて肩を震わせていた。

 大丈夫? とばかりに顔を見上げたカロリーナがぎょっと目を丸くする。

 ななめうしろのベルタは無表情のまま動かない。

 侍女見習いのダリアは、動かない二人を前におろおろしている。これはわたしが断らないと、と一歩踏み出したところで。


「これが! これが『てんぷれ』というヤツですのね! ここまで未来を見通せるなんて、さすが初代さま! さすが『異世界転生日記』ですわぁ!」


 アレナお嬢様が叫んだ。

 抑えきれない興奮と、喜びのあまり。


 周囲はぽかーんである。

 お嬢様がやることはすべて正しいと盲信しているベルタ以外。




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