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間話1 ジャンカルロ・マリーノ侯爵


 アレナ・マリーノ侯爵令嬢が、実家である領都マリノリヒトの屋敷から旅立ったすぐあとのこと。

 父親であるジャンカルロ・マリーノ侯爵は、執務室で難しい顔をしていた。

 先ほど娘を送り出した時の笑顔が嘘のように。


「あなた。動くのでしょう?」


「当たり前だ! アレナはああ言うが、アホ王子を許すことはできん!」


「落ち着いてください、旦那様」


「これが落ち着いていられるか! アレナが! 一方的に婚約破棄されたうえ国外追放されたのだぞ!」


「旦那様の怒りは当然です。ですが、怒りに任せては追い込みが甘くなります」


「ああ、うむ。そうだな、ふぅー。忠告感謝する」


「当主にアドバイスするのも家令の務めですから」


 執務室の打ち合わせテーブルにはジャンカルロのほかに妻である侯爵夫人が座り、背後には家令が控えている。

 今回の件を受けて、王子、ひいては王家へどう対応するか、その対策会議である。

 侯爵家として「アレナ本人は幸せそうだからOK」とするわけにはいかない。


「だいたい、王立貴族学園を卒業した()()()()が、なぜ立太子していないのか。その予定もないのか。エドアルド殿下はその辺のご自覚がないようだ」


「在学中の評判はイマイチだったようですわ。学業は中の上、剣技も魔法も特筆すべきところはなく、社交は問題外だと」


 顔をしかめたジャンカルロに、侯爵夫人がさらなる情報を追加する。

 息子・娘を貴族学園に通わせている奥様たちのネットワークでは、第一王子・エドアルドはさんざんな評価であった。


「幼き頃から直情的で思い込みの激しいところはあったが、それにしても……アレナに頼り切っていたのか? 優秀な我が娘への引け目か?」


「どちらにせよ、それで歪んでしまっては困りますわ。()()()()()()王となる方なのですから」


「うむ……王家への抗議は当然として、原因は探るべきか?」


「もちろんですわ。フラウ・フォルトゥナート子爵令嬢との婚約も唐突すぎます。そもそも、フォルトゥナート子爵家に『フラウ』という娘がいたとは、アレナから聞くまで知りませんでした」


「ふむ、探るならそのあたりからか。取り巻き、新婚約者、フォルトゥナート家。これまで諌言を聞いていたエドアルド殿下をそそのかした者がいるはずだ。あるいは、『者たち』が」


「旦那様。情報収集はニンジャ隊にお任せください」


「頼む。初代さまはこうしたことも見通していたのかもしれぬなあ……」


 マリーノ侯爵家には独自の諜報組織がある。

 陰に潜み、民に紛れ、時には侍女や執事として情報を集め、時には斥候役としてモンスターを調査し、時には侯爵家のダンジョン攻略をサポートし、ごく稀に暗殺も行う。

 通称『ニンジャ隊』である。

 『異世界転生日記』を遺したリヒト・マリーノ初代侯爵による命名であり、その言葉の意味は誰も知らない。

 本来の『忍者』からズレまくった『ニンジャ』であることも誰も知らない。


「王宮は警備が固い。そこは我に任せて、ニンジャはフォルトゥナート家を中心に、王子と関係の深い者たちを探れ」


「御意に」


 難易度の高い漠然とした依頼にもひるむことなく家令は頷く。

 マリーノ家のニンジャ隊は精鋭であるらしい。

 お嬢様につき、表向きは侍女としてアレナの身を守るベルタのように。

 モンスターとも盗賊とも護衛対象であるはずのアレナが戦っていたが、あの程度、アレナに危険はないと判断してのことだ。きっと。


「では動くとしよう」


「領地のことは私とお義父様に任せて、しっかり詰めてくださいませ、あなた」


「もちろんだ。……おや?」


 侯爵であるジャンカルロが立ち上がったところで、外に鷹の姿が見えた。

 窓の向こう、手すりに止まった鷹の足には手紙がくくり付けられている。


「伝書鷹か。誰からの……などと、考えるまでもあるまい」


「お義父様はなんと?」


「アレナは無事に国境を越えたようだ。ほかは……言葉を柔らかく言うと『お前わかってんな? きちんと落とし前つけさせろよ? じゃないと王宮燃やすぞ?』だそうだ」


「ふふっ、ぜんぜん柔らかくなってませんよ? がんばってくださいね、あなた」


「うむ……ああ、それと『お忍び』の件だな。当然、父も行きたがるとは思っていたが……」


「領都を拠点とする商会をいくつか見繕っておきます。お嬢様とも交流のある商会であれば喜んで協力することでしょう」


「任せよう……いや待て。いっそ、新たな商会を作ってしまうか?」


「あなた?」


「我が家の者を従業員として、普段はここマリノリヒトとベリンツォ間を行き来して交易をさせるのだ。手紙のやりとりも確実なものとなろう」


「当主であるジャンカルロ様が商会主、先代様が『ご隠居』といったところでしょうか」


「あなた! 私も入れてくださいませ!」


「当然だな! うむ、いい手ではないか?」


「家令である私が番頭を務めさせていただきます。さっそく設立いたしましょう」


「頼む! これで堂々とルガーニャにお忍びできるな! 商会主として!」


「ええ! ないすあいであですわ! きっとお義父様もアレナも喜ぶことでしょう!」


「はーっはっはっは! ではそのように! 領地、そして商会のことは頼んだぞ!」


「お任せください」


「それと、父をきちんと国境に縛り付けておくように! 頼んだぞ!」


「……お、お任せくださ……ご協力いただけますか、奥様」


「もちろんですわ。そうですね、国境の砦に画家を派遣しましょう。お義父様の監修で『旅立つアレナ』を描かせるのです」


「おおっ、さすが我が妻! ないすあいであだ!」


 ジャンカルロ・マリーノ侯爵の執務室に明るい声が響く。

 愛娘のアレナは隣国に旅立ったものの、わずか三日で会える距離にいる。

 商会を設立して、貴族ではなく商人として「お忍び」で行くという、会う手段も目処がついた。忍べているかは別として。まあニンジャ隊よりは忍べていなくても問題ないので。


「では今度こそ出立だ! アホ王子と陛下に、落とし前をつけさせなくてはな!」


「がんばってくださいね、あなた!」


「怒りに任せず、冷静に追い詰めてくださいませ、旦那様」


「うむ! なあに、聞かぬようなら王宮まるごと落とし穴に沈めてくれるわ! はーっはっはっは!」


 高笑いとともに、ジャンカルロは執務室を出た。

 そのまま、旅支度を整えていた侍女と護衛たちのもとへ向かう。


 アレナ・マリーノ侯爵令嬢が、実家である領都マリノリヒトの屋敷から旅立ったその日。

 当主であるジャンカルロ・マリーノ侯爵もまた屋敷を旅立った。


 向かう先はロンバルド王国の王都。

 その中心にある王宮へ。

 王宮の主である、国王その人に会う——落とし前をつけさせる——ために。



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― 新着の感想 ―
>ご隠居(炎) パパさん(土)、ママさん(?)懲らしめてあげなさい! ご隠居出ると燃える!
[一言] 忍ばないやつね
[一言] お嬢様一家箱推しできる…好き…
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