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プロローグ


 魔法と芸術の国、ロンバルド王国。

 この国は、狭い国土ながらもダンジョンから産出されるさまざまな資源で栄えていた。

 騎士や兵士、冒険者はダンジョン探索で腕を磨き、モンスターの脅威を退けている。

 近年は他国からの侵攻もなく、富を魔法や魔道具の研究・芸術分野の発展にまわす余裕さえあった。

 ゆえに、他国から「魔法と芸術の国」と称されて一目置かれている。


 充実した戦力を持つロンバルド王国では、王家は城ではなく防衛施設を持たない「王宮」で暮らしていた。

 広大にして華美な王宮にはいくつもの施設が併設されている。


 王立貴族学園もその一つだ。

 貴族学園は、ロンバルド王国のすべての貴族の子女に入学することが義務付けられている。

 12歳で入学して15歳で卒業するまで三年間、国の代名詞である魔法や芸術についてはもちろん、歴史、地理、算術、領地経営から社交まで、多岐に渡って学ぶ場だ。

 生徒は寮生活を送り、自由に外出できるのは休日や長期休暇のみ。

 学園で培われた人脈は卒業後も活かされ、貴族の位にかかわらずその後も交流が続くことも多い。

 もちろん、まだ成人前とはいえ上級貴族と下級貴族の間には明確な上下関係が存在するのだが。

 とはいえ、それほどうるさく言われないのも学園の特徴だ。




 その日、ロンバルド王国王立貴族学園は特別な時を迎えていた。

 三年間の学園生活を終えて、最上級生が社会に旅立つことを祝う日。

 卒業式、および卒業パーティである。


 堅苦しい式を終えたあと、生徒たちは学園を出る。

 卒業パーティは、同じ敷地内にある王宮で行われるのだ。

 それも「魔法と芸術の国」ロンバルドの、最も華美な大ホールで。


 大ホールの天井画を照らす魔法の明かりときらめくシャンデリア、磨き抜かれた床は気軽に足を踏み入れることをためらわせる。

 音楽を奏でるのは、他国にさえ招かれる王宮楽団だ。

 静かに動きまわる給仕にさえ品があり、下級貴族の子女の顔を引きつらせる。

 なにしろ下級貴族にとって、大ホールに入るのは生涯でただ一度、この卒業パーティのみ、という者も少なくないので。


 卒業生たちは最初こそ緊張していたものの、次第にパーティを楽しむようになっていた。

 在学中に仲良くなった友人とお喋りを楽しむ者もいれば、恋人・婚約者同士でダンスに興じる者もいる。

 ただ、壁際に用意された料理に手をつける女性はいなかった。

 男たちは軽食をつまみながら談笑しているというのに。


 さて。

 卒業パーティの主役は卒業生全員ではあるが、やはり中心人物はいる。

 アレナ・マリーノ侯爵令嬢がその一人だ。


 着飾った女性陣に囲まれた中にあって、頭ひとつ抜け出た長身は目につく。といっても、男性と比べて周囲の女性の背が低いため、アレナが目立っているだけなのだが。

 ほっそりスレンダー、というよりやや痩せすぎなアレナはふわりとスカートが広がる赤いドレスを身にまとい、アクセサリーや髪飾りは宝石があしらわれたゴールドだ。

 顔の両サイドでくるくると巻かれた髪が揺れる。

 気の強そうな目も、いまは楽しげに細められている。


「アレナ様。卒業してもお手紙を送ってもいいでしょうか?」


「もちろんですわ! ロンバルド王国を支える貴族として、これからも仲良くしてくださいませ!」


 微笑むアレナの返事に、周囲の令嬢がキャーッと控えめな歓声を漏らす。

 きゃっきゃとはしゃぐ女性グループに近づく男はいなかった。


 いま、この時までは。


 カツカツと、大理石の床を小気味よく踏み鳴らす音が響く。

 近づく音に気づいた女性陣が目を向けて、さっとアレナから離れる。

 なにしろ近づいてきたのは——


「ふん、取り巻きに囲まれてご機嫌だな」


「エドアルド殿下」


 ——このロンバルド王国の、王子だったので。


 エドアルド・ロンバルディア第一王子。

 彼も貴族学園の卒業生であり、この卒業パーティの主役である。

 そして、在学中は何かと話題にされることの多い人物だった。

 王子として有名だった、だけではない。


「あの、エドさま、話を聞いてください」


「心配はいらないよ、フラウ嬢。俺に任せてくれ」


 王子の袖を引くフラウ・フォルトゥナート子爵令嬢との関係性も、学生たちの話題になっていた。


 向かい合うアレナとエドアルド王子は同じぐらいの身長だ。

 一方で、王子の斜め後ろにいるフラウは背が低い。

 流行りのフリフリのドレスを着たその姿は、15歳よりも幼く見える。

 いわゆる「庇護欲をそそる」見た目である。

 つまり、このロンバルド王国で「美しい」とされる容姿だ。

 長身で気の強そうなアレナとは違って。


「アレナ・マリーノ侯爵令嬢! お前との婚約を破棄する!」


「殿下?」


「エドさま、ですから話を——」


「フラウ嬢は静かに聞いているといい。アレナ、聞こえたな? 婚約は破棄だ!」


「…………なぜでしょう?」


「なぜ、だと! 知らぬとは言わせぬぞ!」


「ですから、なぜでしょう?」


 アレナに指を突きつけて睨みつけるエドアルド王子。

 フラウは背後で身を震わせている。

 対して、アレナは表情を変えない。内心を読ませないのは、貴族の基本技術なので。


「フラウ嬢に対する厳しい物言い! 高慢でワガママな女性など王家にふさわしくない!」


「まあ! あれは、貴族としての心構えを教えていただけですわ」


「ふん、それだけではない。取り巻きに命じて私物を盗んだことも、階段から突き落としたこともあったようだな。俺にはわかっているのだ!」


「エドさま、ですからそれは私の勘違いで」


「こうしてフラウ嬢が真実を話せぬのも、お前が脅しているからだろう? 貴族としての矜持はないのか!」


「何をおっしゃっているのかよくわかりませんわ」


「まだシラを切るか。まあいい、お前との婚約を破棄するんだ、俺とはもう関係ない」


「……本当に、よろしいのですね?」


 広げた扇で口元を隠してアレナが問いかける。

 顔を赤くした王子と違ってその表情はわかりにくい。

 いつも強気な目が細められているのは怒りをこらえているのか。


「くどい! この第一王子、エドアルド・ロンバルディアに二言はない!」


 王子の言葉に会場が凍りつく。

 卒業生はみな目を丸くして会話を止め、気づけば王宮楽団の音楽さえ止まっている。


「……かしこまりました」


 当事者であるアレナの落ち着いた声が、静かな会場に染み渡る。

 あまりの事態に、王子のうしろのフラウは顔を青くしている。

 王子がそれに気づいて。


「弁明も反省もなく、フラウ嬢に謝罪することもない。この期に及んでこれほど怖がらせるとは……このままでは仕返しに何をするかわからぬな」


「あの、エド様、これは」


「アレナ・マリーノ侯爵令嬢! 第一王子エドアルド・ロンバルディアが、王家の名において婚約を破棄し、国外追放処分とする!」


「…………は?」


「聞こえぬのか? さっさと出て行くがいい!」


 会場が凍りつく、どころではない。

 国外追放。

 王子の宣言に、パーティ会場はにわかに騒がしくなる。

 卒業生たちの会話、バタバタと(せわ)しなく動き出す侍従、顔を見合わせる護衛の近衛騎士たち。

 その動きを止めたのは、ピシャリと閉じられた扇の音だった。


「王家の命令とあらば、私はこれで失礼いたします。みなさま、今日の()き日をお騒がせしたこと、謝罪いたしますわ。私のことはお気になさらず楽しんでくださいませ」


 注目を集めたアレナがさっと一礼する。

 微笑みも仕草も美しく、やましいところも婚約破棄に傷ついたところも一切見せない。

 アレナはさっとドレスを(ひるがえ)して、前を見据えてしずしずと歩いていく。


 そうして、アレナ・マリーノ侯爵令嬢は卒業パーティ会場をあとにした。

 背後に、「俺、エドアルド・ロンバルディアはフラウ・フォルトゥナート嬢と婚約する!」という、漏れ聞こえてきた宣言を聞きながら。




……新作は女性主人公の長編です!

ほかにも新作はじめてますので、

よければ下部リンクからジャンプしてみてやってくださいー。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一王子ごときが王国の名を騙って大丈夫か? 今後の王子の人生や如何に 王家の共同統治なら大丈夫だろうけど
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