確かに、麻紀ちゃんには負けるよね(桜 5)
その翌日も、荻原有理への申込みは絶えることなく続いた。
リボンをかけた大きなプレゼントを渡そうとする者や、いきなり目の前で絶叫する者。噂を聞きつけた他のクラスの同級生や三年生も教室を覗くようになり、休み時間の人口は一気に膨れ上がった。
「やっぱり荻原さんの人気は、け、桁違いなんだ。凄いね」
クラスメイトの桐嶋和人が徹に声をかけてきた。
桐嶋は昨日の午後、自分も高宮に目を付けられていると告白してきた。
小柄で気弱な、いかにも不良生徒の的になりそうなタイプである。眉毛が太く頬骨がでたその顔は、一つ一つをとれば凛々しい表情を浮かべてもおかしくない造作だった。だが桐嶋の場合は、その内面を映すかの如く瞳は落ち着かなく左右に動き、その眉は広がるに従って垂れている。
襟元からは古傷が見え隠れしているが、本人の説明によれば交通事故のためとのことだった。親しげに話しかけてくる仕草には仲間を見つけた安堵感が漂っていて、徹は正直複雑だった。
「ぼ、僕らにも誰か、声をかけてくれる一年生はいないかな」
「桐嶋は去年、誰と組んだんだ?」
徹の問いかけに、桐嶋は恥ずかしそうに、昨年は誰とも組めなかったと告白してきた。徹は慌ててフォローしようとしたが、楠ノ瀬麻紀がそれを遮って話しかけてきた。
「桐嶋ぁ。あんた徹ちゃんと自分が一緒だと思ってるみたいだけど、それ、すっごい勘違いだから」
意地悪そうな笑みを浮かべている。なおも必死で言葉を探す徹に声が掛かった。
「徹君、お昼ご飯食べにいこうよ」
黒髪をなびかせて荻原有理が立っていた。あたしも――楠ノ瀬麻紀は元気よく立ち上がると、桐嶋に囁く。
「ほら、わかった?」
「桐嶋も行こうぜ」
徹の誘いに桐嶋も寂しげに頷くと、四人は学食に向かった。
学食は大勢の生徒達でごった返して、席を取るにも一苦労である。四人揃ってトレイを置いて座る頃には、十二時半を回っていた。
「それにしても荻原は人気あるね。自分で言うだけのことはあるな」
徹の言葉に、有理がハンバーグを口に入れるのをやめて首を傾げてみせる。
「ほら、オギワラユリは競争率高いって」
口真似をしてみせた徹に、有理が思い出したかのように、にっこりした。
「ああ、あれは、ちょっとした冗談」
楠ノ瀬麻紀はやれやれとばかりに肩をすくめると、しらっと付け加えた。
「でも、胸はあたしの方が大きいけどね」
桐嶋はどう反応したらいいかわからないようで、三人の顔を見比べている。
有理は茶目っ気たっぷりに、
「確かに麻紀ちゃんには負けるよね」
そう相槌をうつと、徹に向き直った。
「徹君、合気道部に入らない? 素質あると思うし、頑張れば段位もとれるよ」
「うーん。ありがたいけど、きっと部活には入らないよ」
徹は、有理の肩越しに見える下級生達の視線が気になっていた。有理がいるだけで周囲の視線がテーブルに集まるのだ。いや、視線だけでない。確実に聞き耳も立てている。
慣れていない徹は、それだけで落ち着かなかった。
「仮入部だけでもすれば、徹君も新入生との接点が増えると思うんだけど」
当の有理本人はといえば、至って平気で気にする素振りもない。徹を眺めながら、楠ノ瀬麻紀がからかうような表情を浮かべた。
「徹ちゃん、優しい言葉に勘違いしないようにね」
「ああ。オギワラユリは競争率高いしね」
徹が心配無用とばかりに頷くと、突然、有理は学食の入口に手を振った。
「あ、ユイ!」