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だから、だからきっと(エピローグ 運命の輪を超えて1)

 徹が目を覚まして間もなく、リタがエジンバラに帰ることになった。

 春分の翌朝、徹より一足先に目覚めたリタは記憶を失っており、参宮での学園生活を何一つ覚えていなかった。せめて見送りだけはさせて欲しいと徹たちは申し出て、空港まで一緒に行くことにした。


 徹や荻原姉妹、楠ノ瀬や桐嶋たちは、リタと空港までの電車の中でゲームに興じた。来週から大学生になる瓜谷は相変わらず座を盛り上げ、時折セシルまでが声を出して笑った。

 だが空港に近付くにつれ誰もが言葉少なくなり、リタも黒い革のバッグを膝に抱えたまま物思いに耽っていた。


   * * * * * * * *


「リタちゃん、これ私達から」

 荻原有理がリボンの掛かった薄い箱を取り出すと、リタに差し出す。空港についてチェックインを済ませた後、徹たちはリタを囲むように出発ロビーのベンチに腰を下していた。

「荷物になってごめんね。でも、私たちのことを覚えていて欲しくて」

 リタが包みを解くと、革張りのアルバムが姿を見せた。


 リタは宝玉に記憶を奪われた翌日、部屋に籠もりきりで日記を読んで状況を理解していた。日記には、この日を予期していたように日本に来てからの出来事が詳細に記されてあったという。

 アルバムをめくると最初の一枚は、入学式で宇田川に質問をするリタの写真だった。


「卒業アルバムの製作委員からネガを借りたんだ」

 目尻に笑い皺を寄せた桐嶋が嬉しそうに鼻をこする。

 リタがページを更にめくった。


 教室で授業を聞くリタ。

 同級生と並んで廊下を歩くリタ。


 赤い髪の背の高い少女は、どこに居ても目を引いた。

 いや、少女の髪の色は結局のところ関係なかった。

 その信念を貫こうとする瞳が、見る者の目を射るのだった。


 学園祭でダークスーツに身を包んで踊るリタ。

「カッコよかったよ」

 有理が嬉しそうに話しかける。

 徹と楠ノ瀬と三人で、スイカを食べながら笑うリタ。

「中学生みたいだ」

 杉山想平がタンクトップ姿のリタの写真を見て、感想を漏らす。

 本当は中学生の年なんだ――徹は少女の横顔を眺めながら呟く。


 体育祭の二人三脚で徹と肩を組むリタ。

「これ最高でしょ」

 楠ノ瀬麻紀が指し示す写真は、楠ノ瀬と大きなポリバケツに手を掛けている仏頂面のリタだった。

「この時優勝したのは俺だぜ。何で左足しか映ってないんだよ」

 瓜谷の台詞に笑いが漣のように広がり、つられてリタも微笑んだ。


 冬服のブレザー姿で歩くリタ。職員室に貼り出されたリタと徹の名前。

 最後の写真は、昨日学園の正門で皆と撮った写真だった。

 写真の中のリタと徹はまだ頬がこけ、目の下に隈ができている。両脇で笑う有理や有為、そしてかけがえない仲間たち。

 これが最後。

 誰もがわかっていた。


 皆が押し黙り、リタは大事そうにアルバムをしまった。

 リタは仲間たちの顔を見回しながら、ゆっくりと言葉を選んだ。

「私は今日、参宮学園を去る。ここに写された一年は巻き戻すことは出来ない。が――」

 リタは徹を見た。

 ターコイズ・ブルーの瞳が徹を射る。連を申し込まれた時のように、徹は何かの予感に足が震え出すのを感じた。

「記憶は無くとも断言しよう。私は確かに悔いの無い一年を過ごした」


 徹は少女の言葉に胸を貫かれた。

 リタをリタ=グレンゴールドたらしめているものが、この一言に凝縮されていた。

 数え切れぬほどリタと話し、歩いた。

 ともに笑い、涙すら流した。

 それでも徹はこの少女を見る度に、初めて会った時と同様、魅入られてしまう。


 自分がこの少女に抱いた気持ちは、恋ではなかったろう。

 だが今となってわかる。自分はこの一年、少女の半身として寄り添ったのだ。


 リタは革のバッグから手編みの赤いマフラーを取り出すと徹に歩み寄った。有為が何かを言いかけたが、姉に制される前に自ら口を噤ぐんだ。

 少女が自分の髪と同じ色のマフラーをそっと徹の首に掛ける。

「リタ=グレンゴールドは、藤原徹にこれを渡すつもりだったらしい」 

 うまく編めたか自信は無いが――少女は俯き加減で付け足すと、再び顔を上げて左手を徹に差し出してきた。


 黙ってその細い手を握りしめた瞬間、徹の全身に小さな痺れが走った。

(私を忘れないでくれ……)

 脳裏に春分の夜の記憶が蘇る。赤い髪の少女は睫毛を微かに震わせていたが、切なげな吐息を一度だけ漏らすと強い意志の力で表情を笑顔へと変えた。

 徹も奥歯を噛締めて少女の笑顔に応える。


「……リタ様、お時間です」

 遠慮がちに掛ったセシルの声にリタが頷いた。

「いつか、また会おう」

 静かにリタが徹の手を離すと、黒いバッグを肩に掛けて歩き出す。荷物を持ったセシルがその後に続いた。出国審査ゲートへと向かう赤い髪の少女の姿が小さくなっていく。


「リタ!」

 迸る感情を押さえきれずに有為が声を上げた。

「次は……次は絶対負けないから、だから、だからきっと――」

 黙って楠ノ瀬が栗色の髪の毛を撫でてやる。

 ターコイズ・ブルーの瞳の少女は振り返り、少しだけ眩しそうな表情を見せ――


 その姿がゲートに見えなくなった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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