あの言葉は嘘か(夢見の宝玉4)
翌日の放課後リタが徹の席にやってきた。
「では、行こうか」
普段と変わらぬ口調で徹を誘う。連れて行かれたのは東校舎の裏手であった。
「私は明日イギリスに帰国することになった」
リタは徹の反応を見定めるようにそこで言葉を切った。太陽は既に傾き、少女は西日を背に立っていた。
「どうやら母から聞いたようだな」
徹の無言の返事を肯定と受け取った赤い髪の少女は、頷くと再び口を開いた。
「では、弟のエドワードのこともだな」
徹は迷ったが、先に表情に出てしまったようだった。
「呆れたろう」
その声に苦いものが混じっていた。徹は急いで否定しようとして息を呑んだ。
リタが自分から視線を逸らしていた。
(リ……リタ?)
如何なる場所であれ如何なる者に対してであれ、時に切っ先鋭く、時に激しい情熱をもって相手を正面から見詰めてきたターコイズ・ブルーの瞳が、その輝きを失っていた。唇は冷ややかに歪み己を嘲る笑みが張り付いている。
目の前の少女は老成した、だが驚くほど醜い表情をしていた。
「だ、駄目だ、そんな顔をしちゃ……」
徹の言葉を打ち消すようにリタが低い笑い声を立てた。聞いたこともない声だった。思わず立ちすくむ徹に、更なる一言が突き刺さる。
「きっと私の帰国に何の感慨も湧くまい」
その瞬間、心の中で何かが弾けた。
徹は、自分でも思ってもいなかった感情の迸りに突き動かされていた。
「ふざけるな! あの言葉は嘘か!」
リタの肩を鷲掴みにする。目の前の顔が驚きと痛みに歪んだのにも構わず、徹は指に力を込める。呆然とする赤い髪の少女を前に、徹は怒りよりも悔しさが突き上げてきた。
「悔いの無い一年を過ごそう――そう誓ったじゃないか。悔いは本当に無いのか」
出会ってからの出来事が走馬灯のように駆け巡る。もはや自分でも止められなくなっていた。
「リタの弟が生きているのかは知らない。誰の言うことが本当かもわからない。でも、自分にとって大事なことが何かなら答えられる。リタを……」
徹は、続く言葉に心の全てを乗せた。
「僕にとっては、リタを信じることが一番大事だ!」
最後は咆えんばかりであった。
そのまま徹は唇を痙攣させて立っていたが、不意に目の前の少女が俯いてしゃくり上げている事に気付いた。
冬空の下、リタは濃紺のブレザーの薄い肩を震わせながら必死に何かに耐えていた。豊かな赤い髪が俯いた顔を隠すように流れ落ち、腿の前に置かれた両手は固く握り締められている。
目の前の光景に徹の激情は潮が引くように消え去り、代わりに後悔と焦燥感とが身体を埋め尽くしていった。
本来は支えてやらねばいけないのに、衝動に任せて身勝手な感情をぶつけてしまった。
何と愚かなことをしてしまったのか。
徹はよろめくように後退りしながら髪を掻き毟った。
「徹、徹……」
どれくらい、そうしていただろうか。
ふと自分を呼ぶ掠れた声に両手を髪の毛から離すと、目の前の少女は顔を上げていた。
(あ……)
少女の頬には涙の跡があったが既に眉間の縦皺は消えていた。
背筋を伸ばし凛と立つ、誇り高いリタ=グレンゴールドの姿がそこにあった。
「徹、お前はやはり最高のパートナーだ」
少女は唇を閉じたまま静かに微笑んだ。西日を背にしたリタの眩さに、徹は息が止まる。
リタが一歩踏み出し、枯葉が足元で小さな音を立てた。
「母とエジンバラできちんと話し合って、春分の夜までに戻ってくる。必ず戻ってくるから」
もう、手を伸ばせばその細い腰を引き寄せることの出来る距離であった。
赤い髪の少女は、動けないでいる徹の顔に両手を伸ばすと、ほっそりとした白い指先で頬に触れた。
そのままどこか愛おしげに眼を細める。
「……だから、待っていてくれ」
徹は、その囁きより前に少女の手の冷たさを感じた。
(これってキスされるより……強烈かもなあ)
いけないと知りつつ教室から二人を追ってしまった有理は、陰で小さく呟くとスポーツバッグを抱えて背中を向けた。
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