そうか、無いか(夢見の宝玉2)
「明日は、何か用事はあるか?」
リタからそう聞かれたのは二月十三日だった。いつの頃からか徹たちの指定席になった学生食堂の左隅で、二人は宿題を解きながら楠ノ瀬麻紀を待っているところだった。
シャープペンを持つ手を止めて顔を上げた徹に、リタは眉一つ動かさずに続けた。
「日本では、バレンタイン・デーに女からプレゼントを渡す習慣があるそうだな」
「ん……ああ、明日は特に予定は無いけど」
答えながら一瞬、荻原有理の顔が浮かんだ。表情に出ないよう細心の注意を払ったが、正直うまくいったかは自信がなかった。
「そうか、無いか」
リタは一人納得すると、再び国語の教科書に目を落とした。赤い髪が教科書にまで掛かっている。大理石の彫刻のような形のよい耳が顕わになる。徹は無意識に唾を飲みこむと、自分も英語のテキストを読み始めた。
(まいったなぁ)
誰に言うともなく呟いて目の前の英文に集中しようとしたが、字句が上滑りして頭に入らない。
Romance has changed in many ways, but
(来年のバレンタインデーは受験だな)
Romance has changed in many ways, but the vital ingredients are still the same.
(時を超えても変わらないものって――)
「徹――」
「へっ?」
顔を上げると、驚くほど近くにリタの瞳があった。咄嗟に椅子を後ろに引くと大きな音が食堂に響いた。
もっと自然な形で話を持って行きたかったのだろう。リタは徹のリアクションに僅かに困惑したようだったが、唇を再度一文字に引くと脚を組み替えた。制服のスカートから白い膝が覗いた。
「明日は、私のために空けて置いてくれ」
赤い髪の少女の台詞は余りにシンプルだった。徹は頬が火照るのを感じる。
「リタの頼みであれば勿論、構わないよ」
徹が早口でそれだけ告げると、リタは感謝の言葉を口にした。
だが、その表情は冴えなかった。
いや、正確に言うべきだろう。
リタの憂いは、徹の返事にかかわらず晴れることが無かったのだった。
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