じゃあ、リ―たんから質問して(夢見の宝玉1)
私は、病院のベッドに付き添っていた。
微かに消毒液の匂いが漂う白い部屋の中、ベッドの上には目を閉じた少年の姿があった。
いつ醒めるとも無い昏睡状態。顔色はまるで蝋のように白く、もはや事切れたかと思わせるほど生気が無い。毛布の下の左腕から覗くチューブが僅かな生存の証である。
母に幼い頃読んでもらった物語では、呪われた少女の眠りを覚ますのはいつも、勇気ある騎士の口づけだった。目の前の光景が配役を間違えた出来損ないの悪夢に感じられ、何故か笑い出したくなる衝動に駆られる。
だが、一度笑いだしたら最後、私は正気を保っていられる自信がなかった。
私は少年の手を握り締めながらひたすら念じる。
必ず彼を救うと。必ず、再び彼と陽の光の下で笑い合うと。
少年の耳に届くことは無いその台詞を、何度も繰り返す。
「――お時間です」
遠慮がちに後ろから掛けられた声に、私は振り向かず頷く。その間も声に出さず唇だけを動かす。握った手に思いを込める。
「必ず、必ずだ。例え、この身を代償にしようとも」
最後にもう一度そう呟くと、私は立ち上がった。
* * * * * * * *
「やっぱ新年会でしょ」
一月十日の昼休み、楠ノ瀬麻紀のこの一言で企画はスタートした。
リ―たん徹ちゃんナンバーワン祝賀会兼瓜谷先輩麻紀ちゃん残念会、という舌をかみそうな正式名称と、略称の「りたまき会」とが楠ノ瀬によって命名された。
あっという間に荻原姉妹、杉山想平と桐嶋和人にも声が掛けられ、翌週の金曜日の夜にリタの家で開催されることになった。
「それにしてもリ―たんと徹ちゃんは今年目立ったよねぇ」
楠ノ瀬麻紀が杉山想平に話しかける。
「体育祭のときの高宮との絡みは緊張しちゃったよ。よく途中で止めなかったよね」
「いや、心の中では五回くらい止めてました」
先程から始まった「りたまき会」は、瓜谷のプロ顔負けの仕切りで最初から盛り上がっていた。上下関係を意識せずに男女で盛り上がれる連の良さを、徹は改めて実感した。
テーブルには買ってきたフライドチキンやサラダに混じって、楠ノ瀬麻紀の手料理も所狭しと並ぶ。セシルも色々なオードブルを用意してくれていた。
友人や教師の噂話に花を咲かせながら、気づくといつしか宝玉の話題に戻っている。
「瓜谷先輩は、宝玉の管理者になったら何をお願いするつもりだったんですか」
有為の質問に瓜谷はにやりと目を細めた。瓜谷は昨年中に大学の推薦入試を済ませ、今月から自動車教習所に通っていた。
「俺か? 俺は世界平和だ」
「へっ?」
思わず反応してしまった徹に対し、瓜谷は憐憫の眼差しを向けた。
「まだ藤原はそこまでの境地に達してないか」
「あたしだったら、世界平和って言うより世界征服かな」
訊かれてもいないのに、当然とばかりに栗色の髪の少女が胸を張る。徹は触らぬ神に祟りなしと呟きながら、急いで楠ノ瀬に話題を振った。
「楠ノ瀬は、何をお願いするつもりだったんだい」
発言を無視された有為からの視線が痛いが、敢えて顔をそむける。楠ノ瀬は例の如く徹に自分の呼び名を訂正させた後で、意味ありげな視線を送って来た。
「後で二人っきりの時にね」
徹は訊いた自分が馬鹿だったと、がっくり頭を垂れた。
(藤原先輩、今だから話すんですけど)
食事が終ってからリビングに場所を変えて小一時間、座の話題が参宮学園の七不思議へと移ったところで、杉山が徹に小声で話しかけてきた。
(瓜谷先輩はリタと連を組むつもりだった、って言ったら驚きますか?)
思わず徹は車椅子の少年の顔を見る。杉山は眼鏡の弦を中指で押し上げた。
(去年の春の話ですけど僕のクラスメイトが瓜谷先輩に申し込んだとき、何で自分じゃ駄目なのか食い下がったらしいんです。そしたら――)
(そしたら何だよ)
徹が身を乗り出した。当の瓜谷は向い側のソファーの中心にどっかりと腰を据え、身振り手振りを交えてリタたちに何かを説明している最中でこちらを気にする様子はない。杉山が徹の前に置かれたポテトチップスを取る振りをして、顔を近づけてきた。
(組むならこいつと決めた奴がいるんだ、会ったばっかりだけどな。瓜谷さんがそう答えたらしいんです)
どくり。
心臓が音を立てた。
杉山は徹の思考を先回りするかのように続ける。
「もちろん、それだけじゃ誰かわかりませんよね。有為かもしれないし。でも、僕は絶対――」
杉山の声が遥か遠くに聞こえる。何か話そうにも舌が口に貼り付いて動かなかった。
「誤解しないで欲しいのは楠ノ瀬先輩に対してどうこう言うつもりはないんです。楠ノ瀬先輩も只者じゃないって思いますよ。リタや有為もすっかり懐いてるし、懐深いですよね」
杉山はなおも話を続けているが、徹は瓜谷の台詞に拘らずにはいられなかった。
(瓜谷先輩の言葉は単なるリタへの興味なのか。それとも……)
「おーい、そこ。何を内緒話してるの」
不意に荻原有理が二人の間に割って入ってきた。ソーダを片手に二人を下から覗きこむ仕草は、酔っているはずがないと判っていても仄かな色っぽさがある。思わず徹は固まったが、杉山は澄ました顔で答えた。
「いや、有理さんの魅力についてちょっと。ねえ藤原先輩」
有理は大きな瞳を細めて左手の人差し指を顎に当てた。
「やっぱり?って言いたいとこだけど、徹君はあたしと違って嘘が下手だから」
そう言って、盛り上がっていた残りのメンバーの方を振り返る。
「リタちゃん、男の子二人でよからぬことを話してるみたいだけど」
茶目っけたっぷりに口を尖らせる。リタが口を開く前に、楠ノ瀬が軽くウェーブのかかった髪を掻き上げてにやりと笑った。
「ふうん。そんな徹ちゃんには麻紀ちゃんが質問責めしちゃおうかなぁ」
これまでの数々の責め苦を思い出しながら必死に抵抗する徹を前に、楠ノ瀬は無慈悲に宣言した。
「じゃあ、リ―たんから質問して」
展開の速さに状況が飲み込めていないリタに、楠ノ瀬は言葉を足した。
「何でもいいから、一人一つずつ徹ちゃんに質問して、徹ちゃんはそれに答えなきゃ駄目っていう罰ゲームなの」
有為が大はしゃぎで拍手する。
(いつ決まったんだよそれ……)
徹は遠い目をしたがリタは合点がいったとばかり頷いた。
「なるほど、では……」
リタが真顔になり全員がぐっと身を乗り出す。セシルもキッチンから聞き耳を立てている気がする。
「――徹は好きな子はいるのか」
あまりにも直球だった。思わずリタ以外の全員が動きを止める。
(な……最初からこんな質問有りかよ)
直球も直球、ビーンボールの剛速球だった。いやデッドボールかも知れない。
「い、いや、あの」
ターコイズ・ブルーの瞳が真正面から徹を射る。如何なる言い訳も許してくれそうにない。徹は目の前が暗くなった。
「いや、その……いないわけじゃあ」
「いるの? いないの?」
歯切れの悪い徹に対し、栗色の髪の少女が鼻息荒く詰め寄る。
「ち、ちなみに、その相手って半年ぐらい前から変わってない?」
微かに顔を引き攣らせた黒髪の少女が、怪しげな質問をしてくる。
「もちろん、本人に直接伝えるのが先でもいいがな」
妙に落ち着いた赤い髪の少女のコメントも、どこか誤解がないか非常に気になる。
「藤原、念の為に言っておくが俺には付き合っている相手がいるからな」
瓜谷は真顔だった。
徹が途方にくれて天井を見上げていると、
「頂いたお菓子をお持ちしました。お茶は如何でしょうか」
含み笑い混じりのセシルの声に、桐嶋と杉山からやけくそにも似た歓声が上がった。確か桐嶋は甘いものが苦手のはずだった。
(セシルさん、恩に着ます)
胸を撫で下ろす徹の耳に、有為の小さな舌打ちが聞こえた。
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