表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/72

お前は変わっていないが私は違うぞ(プリムラ9)

 鳴神菖蒲は、桐嶋の言葉に頷くと鈴を頭上に掲げた。

 今回、余りに自分の予想通りに事が運んだのが怖いほどであった。凶獣が高宮武を憑り代にしたこと、今夜この場に現れたこと。全てが計算通りと言えた。後は藤原徹とリタより先に凶獣を始末すれば、全てが終わるはずであった。


 どこからともなく集まってきて頭上に舞う烏の群れは、今やどれだけの数なのか見当も付かない。耳を塞ぎたくなるほどの鳴き声で鈴の音を圧倒しようとする。

 目の前の「高宮だった何か」は既に人ではなかったが、菖蒲は怯まない。これこそ自分が五年間待ち望んでいた光景だった。


 るるんしゃんしうんんしゃあん

 るるるんしゃるるんん


「……この五年、お前は変わっていないが私は違うぞ」

 宝玉の管理者となって五年、この化け物のことを忘れたことはなかった。

 菖蒲は手にした鈴で再び複雑な文様を描く。血の滲むような修行に耐え、鵺を調伏したと記録に残る古詠歌を数年がかりで自分のものにしたのも、必ずや来るこの日のためであった。


 足の裏から順に体内を螺旋状に巡らせた気を、ゆっくりと頭上まで運ぶ。

「おとなしく――」

 そこで息を止めた。烏の鳴き声が脳裏から消え去り、頭の芯がしんと静まり返る。


「お前の世界に戻れ!」

 一気に左手を一文字に切り下ろした。

 直後、左腕に血管が沸騰するかのような痛みが走り抜ける。そのまま痛みが音にならない衝撃となって、高宮へと奔った。


 ごぐおうおううるう


 高宮は絶叫とともに弾き飛ばされた。

 空中で奇妙な角度に胴体を捩じられたまま肩から地面に打ち付けられる。

 高宮の雄叫びに呼応するかのように上空の烏達は一層激しく鳴き声を上げ、黒い羽根が穢れた雪片のように次々と地面に舞い落ちた。

 

 菖蒲は、額に玉の汗を浮かべながら一歩、二歩と近付いた。

 高宮は、見えない投網にかかった猛獣のようにそのまま動けず両手両膝を地面について苦悶の表情を浮かべている。


(凄い……)

 菖蒲は初めて用いた技の威力のほどに、我ながら驚嘆した。だが半面、その精神の消耗の度合いも尋常ではなかった。二撃、三撃と続けて放てるような技ではなかった。


 早く終わらせなければ。

 その思いが菖蒲をつき動かす。


 菖蒲は、一歩踏み出せば高宮の鼻先を蹴り上げられる位置に立った。高宮は革のジャケットを着た背中を丸めて首だけを向けると、がちがちと口を鳴らした。

 その顔は眼球が白目に裏返り、緋色の泡が口の端に幾つも浮かんでいる。股間はぐっしょりと濡れ、穿いているジーンズからは湯気が立っていた。

 常人であればとても正視できる光景ではなかった。だが、菖蒲は目を逸らさない。


「我が流派の調べ、存分に味わえたか」

 返事の代わりに高宮の耳から、鮮血が一筋流れ落ちた。鈴を持った左手をもう一度頭上に掲げる。

「凶獣よ――」

 その瞬間、高宮が突然唸り声を上げた。


(なっ……)

ぞくり、悪寒が背中を駆け抜ける。


 全身の力を振り絞って鈴の呪縛を解いたのか、それとも全ては菖蒲をおびき寄せるための策略だったのか。百八十五センチを超える長身から、両腕を人ならぬ速度で伸ばす。自分より頭一つ小さい菖蒲を喰らわんとするがごとく、その口を近づける。

 菖蒲の瞳が、かっと見開かれた。


「凶獣よ、逝ねえ!」

裂帛の気合と凶獣の雄叫びとが響きわたった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

続きも読みたいなと思われたら、下の★をクリックしてもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ