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これは徹には秘密だ(プリムラ5)

 春分の夕方、リタの家に荻原有理と有為、楠ノ瀬麻紀が訪ねて来た。

「寒い寒い。今夜は冷え込むって言ってたけど、大当たり」

 デパートの食料品売り場の袋を抱えた楠ノ瀬麻紀が震えながら入ってくる。荻原有為が白いコートを脱ぎながら、寒い、一言そう口にした。


 雪の精のような愛くるしい格好に――雪の精がミニスカートを穿いているかは別として――似合わぬ不貞腐れた表情で、ケーキの箱を抱えている。続いて有理がフェイク・ファーの付いたダウンジャケットを脱ぎながら、大きなスポーツバッグを足元に置いた。そのまま少女達は連れ立って廊下の奥へと進むと、食卓に並んだセシルの手料理の数々に歓声を上げた。

 一頻り騒いだ後、頬を紅潮させた一同が食卓につく頃には午後七時を回っていた。


「今日は豪華だよね」

 目の前に座った楠ノ瀬麻紀の言葉に、徹は同意する。

「うん、セシルさんは本当に料理が上手だ」

 有為が溜息をつく。

「違うって。これだけ美女が揃って凄い眺めだよね、って意味なの」

 栗色の髪の少女の呆れた口調に楠ノ瀬が苦笑した。

「有為ちゃんこそ読み過ぎ。でも、確かに徹ちゃん大人気だね」挿絵(By みてみん)


 徹の左右には荻原有為と楠ノ瀬が並び、前には有理とリタが座っている。

 そう言えば桐嶋や杉山はどこにいったのだろうか。少女達を眺めながら、徹はふと考える。

「徹ちゃん、表情に出てる」

 脇腹を楠ノ瀬が肘で突付いた。有為がもう一度溜息をついて見せた後、表情を戻した。

「桐嶋先輩たちから伝言」

 二人で何を企んでいるんだか――有為の口調には、自分が蚊帳の外に置かれていることを不満がる響きがあった。

「俺達も援護射撃するから、頑張れって」

 

 その言葉に一同が黙り込み、今晩訪れる何かに思いを巡らす。

 運命の時は刻々と近付いていた。

「頂いたケーキを切ってきました」

 絶妙のタイミングでセシルが現れて再び食卓は歓声に包まれたが、それも長くは続かなかった。


 楠ノ瀬麻紀は夕食が終わると家に帰ったが、有理と有為はリタの家に泊ることになった。

 今日は泊まるつもりで来た、そう宣言した姉妹はセシルに向かって頭を下げた。思わぬ展開にリタと一悶着があったものの、「何があっても朝までリタたちの寝室に入らない」ことを条件に、姉妹の粘り勝ちとなった。


 そして午後十時を過ぎ、有理と有為は風呂上りの濡れた髪のまま黙々とストレッチをしている。徹は離れてテレビのニュースを眺めていた。

 一方、リタはテーブルの片隅で日記を付けていた。幼い頃からの習慣で歯を磨くようなものだ。徹は、最初に泊った夜にリタがそんな説明をしていたのを思い出す。


 リタは日記を書き終わると紅茶を片手に高窓から夜空を見上げていたが、おもむろに口を開いた。

「セシル、話がある。来てくれるか」

 リタはセシルの返事を待たず、自分の寝室に向かって歩いていった。


   * * * * * * * *


 セシルが部屋に入ると、どこから話すべきか――そう呟いて少女がセシルに向き直った。 

「セシル、宝玉に関する母の説明を覚えているか」

 リタの言葉にセシルが頷く。

 春分の夜に男女が祈りを捧げると、あるものを用いて宝玉が願いを叶える。それがリタたちが日本に来る前に聞いた内容だった。だが、宝玉を起動させるための「あるもの」が何なのかは、不明なままだった。


「宝玉が何をエネルギーに変えているのか、幾夜も夢を見るに及んでようやく判った」

 セシルが思わず唾を飲み込む。リタはゆっくり言葉を区切った。

「人の心を喰らって、力に変えるのだ――」

 地の底から響くような声だった。意味が判らず見つめ返すセシルに対し、リタは言い換えた。

「宝玉は、願う者の記憶を糧にして願いを叶えるらしい」


 聞いたセシルの顔からが血の気が引いた。

「と、いうことは……」

「本人は、何を願ったのか忘れてしまうらしい」

 一瞬、ターコイズ・ブルーの瞳に皮肉な陰りが混じった。


(母上は、ここまで知って私を送り出したのだろうか)


 が、再び表情を引き締める。


「正確には、本人の精神力や願う内容によって、失う記憶の量も異なるようだ。我が一族の能力を持ってすれば、おそらく数年分で済むであろう」 

 そこまで話したところで少女の顔が曇った。

「だが、徹は我らとは異なる。しかも徹は、私のために奇跡を願おうとしている」


 セシルは次にリタが何を言い出すか予想がついた。それはセシルには受け入れがたい内容であった。

「徹は必ずエドワードの無事を願ってくれる。だから私は徹の記憶が失われないよう宝玉に願う。無論、これは徹には秘密だ」

 リタは、セシルの一縷の希望を打ち砕くように凛とした表情で宣言した。

 それではリタ様の記憶は――セシルはその言葉を飲み込む。いかなる時も有能な秘書然とした振舞いを崩さぬセシルだったが、理知的な面立ちの裏側では激しい葛藤が渦を巻いていた。


 セシルは、主人の選択が最適解であることを直感的に理解していた。もし、記憶が失われる事実を徹に教えれば、徹は当然のようにリタの記憶が失われないよう祈るであろう。だが、この誇り高き少女はそれを知ってなお自分の弟の無事を願うことなど自らに許すはずがない。それこそリタ=グレンゴールドの死を意味する。


 話は済んだとばかりに、リタはベッドから立ち上がった。

「では、徹を呼んできてくれるか」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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