必ず男女で組んで下さい(桜 1)
四月六日、参宮学園での初日。講堂に座った藤原徹の耳に飛び込んできたのは、背の高い男がステージに並んだメンバーに出す合図だった。
「ワン・ツー・スリー、ゴー!」
ドラムスティックを高らかに打ち鳴らす音と、続いて講堂中に鳴り渡るアニソン・ヒットメドレー。
一列に講堂に入ってきた新入生達は突然の大音響に足を止め、やがて堪え切れずに一人、また一人と吹き出していく。
「お願い、お願い~」
ステージでは先ほど合図を出した男がその整った顔を大袈裟に歪め、オーバーアクションで両手を前に突き出す。徹以外の在校生達はいつもの事と驚いた風も無く、歓声を上げ、手拍子を取る。
横では、軽くウェーブのかかった茶色い髪の少女が、
「瓜谷先輩、やっぱ最高!」
そう言いながら大笑いしていた。
「今日もいい天気ぃっと、センキュ」
瓜谷と呼ばれていた男は絶叫し終わると、背筋を伸ばしてマイクに向き直った。いつのまにか新入生も全て入場し終えている。どうやら、これがこの学校の流儀らしかった。
「それでは只今から入学式を始めます。在校生起立」
歌い終えた男の声は意外に低く、そして落ち着いていた。
徹がショーのような始まりに呆気に取られている間に、入学式は淡々と進んでいた。車椅子の少年による新入生代表の挨拶も終了し、壇上では予想通り瓜谷と名乗った司会の三年生が連の組み方について説明を始めていた。
「明日から二週間、つまり四月十九日までに、一年生は自分が組みたい上級生を見つけて連を申し込んで下さい。会って話してもいいし電話でも手紙でもいい。但し、心優しき上級生を脅さないように」
瓜谷悠は、場慣れた調子で左右を見渡した。
男にしては長い髪と、均整の取れた長身。鼻筋の通った顔をくしゃっとさせて笑う姿が、見る者を惹きつける。
「上級生からのアプローチは禁止。申込みに来た一年生と組むか、断るかを選ぶことしかできません。提出した自己PRを信じて、首を長くして待っているように」
再び瓜谷は歯を見せた。つられて在校生席にも笑いが広がる。
「相手を見つけないのも自由。但し、行事によっては一人の参加になるかもしれません」
今度は新入生の席からざわめきが広がる。
一人での行事参加。想像したくない響きに、徹は腹の奥がぎゅっと緊張した。
「四月二十日からは二年生の番です。一年生と組まずに残った二年生は、自分が組みたい三年生に連を申し込んで下さい。締切りは今月一杯です」
徹は、転入案内に書いてあった説明を頭の中で反芻した。
参宮学園では、自主性を尊重すると共に学年を超えた連帯を強めるため、異なる学年での組による活動を奨励しています。これを当学園では「連」と称しています――か。
「一年生諸君には上級生の自己PRを載せた冊子を用意したので、講堂を出るときに受取るように。以上、質問はありますか」
瓜谷は手際よく説明を終えると新入生席を一瞥した。入学案内をよく読んできたのか、それとも周囲の卒業生から既に聞いているのか、手を挙げる者はいない。
「そうだ、大事なことを言い忘れた。男同士、女同士の連は認められません。必ず男女で組んで下さい」
瓜谷は、その方が楽しいだろとばかりに片目を瞑る。そんな気取った仕草にも嫌味が無い。
「どうやら質問もなさそうなので」
瓜谷がそう言いかけたとき、少女の声が響いた。
「ナンバーワンの連になれば、如月の宝玉を手にすることが出来るのか」
講堂中の視線が集まったその一角、赤い髪を長く伸ばした外国人の少女が、挑むように立っていた。