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期待してるよ、会場で待ってるからね(金木犀16)

楠ノ瀬麻紀からシュガークラフトの作品を見に来ないかと誘われたのは、十一月下旬のことだった。

 楠ノ瀬はお菓子作りが得意だという噂は聞いていたが、コンテストに出品するほどの腕前とは徹には初耳だった。


 リーたんと見に来て――そう言って渡された招待券は二枚。楠ノ瀬は、期間中は会場で手伝いをしているらしい。徹はシュガークラフトという言葉を初めて聞いたが、元々はイギリスで生まれたウェディングケーキ装飾の技法らしい。

 徹は早速リタを誘いに一年の教室に行ったが、リタは欠席だった。


「急遽イギリスに戻ることになって、来週まで休むみたいです」

 すっかり顔馴染みになったリタの隣席の少女は、徹にそう告げた。徹に一言も無しとは随分唐突な帰国であるが、いずれにせよリタは日本に居ない。徹は余った一枚のチケットを楠ノ瀬に返しに戻った。


「じゃあ誰でもいいから、誘って来てよ」

 楠ノ瀬は、丁度帰るところだった。

「うーん。誰かいるかなあ」

(桐嶋は、お菓子に興味があるだろうか)


 あの日から高宮は学校に来なくなり、程なく転校したと聞かされた。鳴神菖蒲も再び留学先に戻ってしまい、あれから質問をぶつける機会は訪れなかった。幾つかの解けぬ謎を抱え、徹はすっきりとしない日々が続いていた。

 一方で、そんな徹と反比例するかのように桐嶋は目に見えて明るくなった。包帯の巻かれた徹の右手を見て、いつか俺がお前の盾になってやる――そんな時代がかった台詞も口にした。


 徹が桐嶋を誘おうかどうしようか、迷っていると、

「有理ちゃんと有為ちゃん、どっち誘うつもりなの?」

 楠ノ瀬の予想もしない角度からの攻撃であった。自分でも耳が充血したのが判った。

「徹ちゃん優柔不断だからなあ。もう一枚あげるから両方誘う?」

「楠ノ瀬、ちょっと待っ――」

「麻紀ちゃんだって」

「……麻紀ちゃん」

「期待してるよ、会場で待ってるからね」

(…………)


 徹は一晩考えて、荻原有理に声を掛けることにした。

 普段は何事も無く話しているのに、こうなると途端に緊張する。結局声を掛けたのは放課後、有理が部活に武道場に向かう途中だった。


 有理は徹の話を聞いて思案する表情になった。

 軽く口を尖らせ、形のよい眉を軽く寄せながら、ローファーを履いた右足の爪先でメトロノームのようにリズムを取っている。武道場に続く道は落ち葉が積もり、有理の爪先で乾いた音を立てた。その両手は、制服のブレザーの上から巻いた赤と緑のストライプのマフラーをいじっている。

 徹は、こんなに有理が迷うことが意外だった。結果がどうあれ、直ぐに答えが出そうな気がしていた。


 沈黙に徹が耐え切れなくなる寸前に、有理は口を開いた。

「いいよ」

 不意をつかれた徹が思わず聞き返そうとすると、

「行こう。土曜だよね」

 有理はそれだけ言って武道場に入っていった。

 艶やかな黒髪の後ろ姿を眺めながら、徹は大きく息を吐いた。


   * * * * * * * *


「有理、今日は随分時間かかってるじゃない」

 土曜日、荻原有為がリビング・ルームから不思議そうに声を掛けた。

 有理は、三十分も前から鏡台の前で服を当てては替えていた。ドライヤーも朝から独占状態である。高宮と付き合い始めた頃ですら、こんな姿は見たことがなかった。挿絵(By みてみん)


「誰と出掛けるの?」

 有理は一瞬迷ってから答えた。

「徹……藤原徹君」

 有為は姉の口から出た名前に内心ショックを受けたが、それをおくびにも出さず聞き返す。

「あんな優柔不断な奴と?」

「徹君は優柔不断じゃないよ」

 有為は、姉の間髪入れない否定が気に入らない。

「アイツのこと、ライバルって言ってたじゃない」

 自然と有為の言葉に棘が交じる。


「別に、麻紀ちゃんの作品見に行くだけだし。向こうから誘ってきたんで」

 有理らしくない歯切れの悪い台詞だった。有為は姉の答え方もさることながら、徹が姉の有理だけを誘ったことにも、猛烈に腹が立ってきた。

 有為が突然猫なで声になる。

「ねえ、有理、あたしも楠ノ瀬先輩の作品見たいなあ」

 それを聞いた有理の頬が微かに、だが確かに引きつるのを有為は見逃さなかった。明らかに有理は動揺している。


「十五分で用意するから、ね」

 自分の部屋に急いで戻ろうとする背中に、有理の声が掛かった。

「でも、徹君がどう思うか。ほら、有為は徹君に厳しかったし」

 有為は振り返ると、やけに丁寧な口調で有理に微笑んだ。

「それなら心配には及びませんわよ。あたし達、二人で一緒に出掛ける仲だから」

 何か言いかける姉に、有為は強引に言葉を被せる。

「証拠、見る?」


 音を立てて階段を上がって部屋に戻り、机の中から写真を取り出す。高宮に握りつぶされた跡がついているが、捨てることも出来ずそのまま持っていた写真だった。

「ね。あれ、有理は聞いてなかった?」

 写真を見た有理の表情が、見る見るうちに険しくなる。

「……いいよ。一緒に行こうか」


 姉の声はこれまで聞いたことが無いほど低く、有為は少しだけ後悔した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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