表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/72

賭けろ(金木犀14)

 その週の金曜、徹はいつもの通り夕食をとり風呂に入った。電話が鳴ったのは自分の部屋で本を読んでいるときだった。

「今から来い。サシで勝負だ」

 荒んだ声は、名乗らずとも判った。

 

 高宮が指定したのは、西砂の雑居ビルの屋上だった。

 呼出しに応じない。そんな選択肢は呼んだ方も呼ばれた方も念頭に無かった。ちょっと友達の家に行ってくる。そう言い残して徹は家を出た。

 外は厚く雲が立ち込め、今にも雨が降り出しそうだった。


 一階が定食屋で二階が漫画喫茶。言われたとおりの雑居ビルは直ぐに見つかった。ビルの外に据付けられた非常階段を六階まで上がる。屋上に通じる錆びかけた扉は、ノブを回すと耳障りな音を立てた。

「待ってたぜ」

 紺色のパーカーを着た背の高い男が徹を出迎えた。高宮武だった。

 湿った風が徹の顔に吹き付けてくる。どこかから生臭い匂いが漂う。


「来なければ桐嶋でも拉致ろうかと思ったぜ」

 ま、その必要は無いと思ってたけどな。そう高宮が独り言のように呟く。

 徹は黙って片足ずつ爪先を立て入念に足首を回した。体育祭で受けた足の怪我は治っていなかったが、それを口実にして止めるつもりは毛頭なかった。


 準備運動をする徹を前に、高宮は焦る様子も無く話し続ける。

「お前が来てから何故か俺の場所が奪われていく。何かやろうとする度に、お前とぶつかる」

 茶髪の男は怒りに燃えているというよりは、心底不思議そうだった。

「それをライバルって言うんじゃないのか」

 徹は両手の甲を合わせ、手首のストレッチをしながら答えた。


 高宮は腹を抱えて哄笑した。

「俺と、甘っちょろい顔したガリ勉小僧のお前とがライバルか」

 雨が一滴また一滴と徹の頬に落ちる。徹は笑い続ける高宮を黙って見つめる。

 不意に高宮は笑うのを止めた。蚯蚓腫れのような拳ダコができた両の拳を胸の前で合わせると、ぼきりと指を鳴らした。

「賭けろ。負けた方が学園を去れ」

 徹はきっぱりと答えた。

「リタと約束した。宝玉を手に入れるまでは負けない」

「それは賭けが成立したってことだな」

 高宮の唇が嬉しそうに歪んだ。


 高宮の言葉が合図だったかのように、貯水槽の影から黒い傘をさした小柄な女の影が立ち上がった。高宮一人と思っていた徹は咄嗟に腰を落として身構え、それが誰だか判ると同時に息を呑んだ。

 胸までかかる長いストレートの黒髪と尖った顎。細い眉と切れ長の目。百五十センチあるかないかの身体を灰色の薄手のコートで包んでいる。一見すると物静かで落ち着いた印象を与えるがその実、瞳はどこか夢見るようで捉えどころがない。

 

 まさかこの場所にいるとは思いもしなかった。が、見違えようがなかった。

 女は留学していたはずの姉の幼馴染――徹の師である鳴神静瑛の孫娘、鳴神菖蒲だった。


「この女、あれじゃお互い気が済まないでしょ、なんて体育祭の後で自分から声を掛けてきやがった。お前の流派の姉弟子か何だか知らないが、イカれてるぜ」

(あやちゃんが高宮に声を掛けただと?)

 徹は高宮の後方に目を向けたが、菖蒲は徹など眼中に無いかのように高宮に答えた。


「最後まで見届けてあげるわ。安心して」

 菖蒲の澄んだ声が闇に溶けた。

 じゃあいくぜ――高宮が一気に間合いを詰めてきた。




 雨に濡れたコンクリートの上、二頭の若い獣がお互いの誇りを賭けて絡み合う。

 高宮が膝で徹を吹き飛ばす。地面に腰を付いた徹に押しかかろうとするが、徹は身をよじって立ち上がる。

 遠くで微かな雷鳴が聞こえた。

 菖蒲は黒い傘を差したまま、二人の勝負を見つめている。


「考えてみれば体育祭では、お前だけ武器を使ってたからな。こないだの玩具を使う場合は俺もこいつを使わせて貰うぜ」

 高宮が、腰の後ろのヌンチャクをこれ見よがしに見せた。徹は素手のまま黙って腰を落として構える。


「それとも、その前に片がつくか」

 言葉とともに高宮から放たれたローキックが徹の脚を狙う。右に左にかわす徹を巧みなステップで追い込んでいく。

 元来、袴を穿いた戦いを想定した鳴神流は下段蹴りへの対策が不十分である。体育祭で見せた弱点を高宮が突くのは当然と言えた。しかも、徹はまだ体育祭の時の傷が癒えていない。このままでは高宮の前に膝をつくのは時間の問題だった。


 だが徹は負けられなかった。

 例え鳴神としては半人前であっても素手であっても、宝玉を手に入れるまでは負けるわけにはいかなかった。

 何か出来るはずだ。

 徹は必死に策を思い巡らす。

 右膝に痛烈な蹴りが入り、痛みが脳髄まで駆け抜ける。動きが止まった瞬間に高宮の拳が腹に入り、胃液が喉までせり上がる。

 

 考えろ。考えろ。

 

 高宮の連打の速度が上がる。体育祭でのダメージが抜けきらない両足が震え始める。

 

 考えろ考えろ考えろ。

 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。


 考え抜いた結果、徹は一歩飛び下がると地面に正座した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

続きも読みたいなと思われたら、下の★をクリックしてもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ