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魅入られる素地が在り過ぎる(金木犀13)

「高宮君」

 徹との組手を終えて校舎内の便所に行こうとした高宮が振り返ると、廊下に宇田川が立っていた。体育祭だというのに薄いクリーム色のワイシャツと茶色のスーツに身を包み、授業中と全く変わらぬ姿であった。

「宇田川……先生」

 呼び止められたそのこと自体で、既に高宮は苛立っていた。


「一年の荻原さんの話を他の生徒から聞いたんだが、本当かい」

 高宮は黙っていた。隠すつもりもないが返事をするのも面倒くさかった。

「本当なら、何らかの措置を取らねばならないんだが」

 高宮が周囲の目を気にせず答えられるよう人の疎らな校舎に入るまで待っていたのだろうか。だが、高宮にとっては宇田川の気遣いも煩わしいだけだった。

 そんなことよりもう一度あの野郎をぶちのめす機会を与えてくれよ。その思いだけが高宮の心の中を占めていた。


「荻原有為に聞いてくれ。あいつが言うならそうなんだろ」

 高宮は投げやりに答えたが、宇田川はあっさり納得すると質問を変えた。有為とのことなど高宮と話す為のきっかけに過ぎないかのようだったが、平常心を失っていた高宮はその奇妙さに気付かなかった。


「ところで藤原君との組手は凄かったが、少々行き過ぎていなかったかな?」

 宇田川の口ぶりは相変わらず穏やかなままだったが、高宮の眼に殺気が宿った。握る拳に力が入り、前腕の皮膚の下で筋肉が捩れる。

「アンタには関係ないだろ、センセ」

 高宮は自分より頭半分小さい宇田川に苛立たしげに吐き捨てて無意識に首を撫でた。徹に付けられた跡が赤く蚯蚓腫れになって残っていた。


 もういいだろ、小便なんだよ――強引に話を終えると高宮は去っていった。

 

 高宮の背中が小さくなるのを待っていたかのように、宇田川の脇に小柄な女が近付いた。

 年の頃は二十歳過ぎで、荻原有理よりも長い黒髪に尖った顎。細い眉の下の切れ長の瞳に懸念の色が浮かんでいた。

「宇田川先生、如何ですか」

 質問するというより同意を求める響きがあった。女の言葉に宇田川は苦渋に満ちた表情で答える。

「……魅入られる素地が在り過ぎる。余りにも我々の予想通りに進んでいると言うべきか」

 女は黙って頷いた。


 その後ミスター参宮は、即興でスタンダップ・コメディをやって大受けした瓜谷の優勝で幕を閉じた。

 あ、あんなに格好いいのにお笑いまで出来るなんてずるいよな、とは桐嶋のコメントである。高宮は演武の後で帰ってしまい表彰台に戻らなかった。宇田川が高宮を呼び出していたとの噂もあったが、真相はわからぬまま失格となった。

 決してこのままでは終わらない――徹はそんな予感を抱いた。

 

 ミス参宮は混戦の中で三年生の女子生徒が優勝したらしいが、荻原姉妹が出ない時点で気の抜けた競技になってしまった――とは、これも桐嶋からの話である。

 徹はといえば「俺が許す」との瓜谷応援団長の許可の下、その後ずっと抜け出して東校舎の屋上でリタと二人、リタが焼いたクッキーを食べながら過ごしたのだった。


   * * * * * * * *


 体育祭の翌週、二年三組の教室に高宮の姿は無かった。代わりに職員室前の廊下に一週間の自宅謹慎の掲示があった。

 学園内での暴力

 僅か七文字の理由を読みながら、徹は有為の顔を思い返していた。結局、有為が申し出て彼らの連は「崩れ」た。


 連はどちらか一方が申出ればいつでも解消することが出来る。但し、その年は再度他の者と連を組むことは認められない。毎年何組かの連が崩れるが、決して名誉なことではなかった。

 人一倍気の強い有為のことだ。弱みの欠片も見せることなく登校しているだろうが、無念さは想像するに難くなかった。


 高宮のいない教室は平穏で、けれど何かが足りない気分だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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