お前最高だよ(金木犀11)
杉山の声が届くより早く高宮の身体が沈み込み、徹に一直線に迫った。
しゃあっつ。
気合と共に、高宮の左前蹴りが徹の顎を襲う。
容赦の無い蹴りであった。徹はそれを後ろに下がってかわす。
そのまま高宮は左足を踏み込み、右拳を徹の顔面に打ち込む。自分と相手との圧倒的な体格差を十分理解した動きであった。
徹は外側に回り込んでかわすが、高宮の右腕が途中で軌道を変える。右肘を外に張るようにして徹の身体に当ててくる。徹の口から無意識に舌打ちが漏れた。
徹は左手で高宮の肘の軌道を逸らしながら飛び下がり、再び左半身に構えた。
ここまで僅か四秒。
観客からはまばらな拍手が起こる。直撃が無いため、見応えのある殺陣に見えるのだろう。
だが壇上に上がっている男たちは、高宮の一撃一撃が全て本気であることを既に理解していた。
僅かな攻防で既に徹の息は上がっていたが、高宮の顔には禍々しい笑みが張り付いたままである。
高宮が唇を舐め上げた。
「手で捌くか」
言うと同時に、またも一気に間合いを詰める。
今度はファイター型のボクサーのように両拳を顎の前に畳んだまま、突っ込んでくる。徹が再び回り込もうとした瞬間、今度は右膝に高宮の左踵が横から入った。
「やっぱりローは苦手か」
言うや否や、豪雨のようなローキックが徹の足を襲った。斜め上方から執拗に徹の膝を狙ってくる。徹は最初の関節蹴りで被弾した迂闊さに歯噛みしながら、必死に体軸をずらして直撃を避けた。
が、徐々に高宮の蹴りに削られていく。
がつん、がつん。
がつんがつんがつんがつんがつん。
高宮の蹴りの速度が上がっていく。
徹は変則的な足捌きで後退するが、高宮のフットワークが徹に距離を取ることを許さない。全国大会準優勝の実力は伊達ではなかった。
耐え切れず視線を下に落とした瞬間、肘から先だけのモーションで右掌底が徹の顎に迫った。
(避けられない)
瞬時に判断すると徹は頭を下げて自分から突っ込み、打点をずらす。前頭部に掌底が当たり嫌な音を立てるが、構わず高宮の懐に潜り込む。
そのまま目の前にある鳩尾に肘を突き立てようとしたが、刹那、強烈な殺気に飛び退った。
一拍遅れて高宮の右膝が、徹が飛びのいた空間を通り過ぎていく。
ここまでで三十秒であった。
徐々に流れが高宮に傾く。
脚に攻撃を集中された徹の動きが少しずつ鈍り、高宮のショートレンジの突きが身体を捉え始める。両腕で右に左に捌くが反撃の機会を見出せない。
焦りが隙を生み、その度に高宮の拳が徹を捉える。ようやく尋常ならざる事態を把握し始めた会場から、悲鳴が混じり始めた。危険な勝負になっていることは誤魔化しようがなくなっていた。
バランスを崩した徹の右腹に高宮の左拳がめり込む。呻き声が漏れた徹の顔を右拳がかすめ、左目の下がざっくりと切れる。
ステージの袖で腕組みをしていた瓜谷が立ち上がった。その動きに杉山が頷いて、マイクを持ち直した瞬間だった。
「藤原ぁスゲエよ、お前最高だよ。もっと盛り上げようぜ」
高宮は声を張り上げ、徹に抱きついて自分から攻撃の手を休めた。
手のひらで徹の背中を叩くと、同意を求めるように両腕を広げて観客に向き直る。
会場の悲鳴が歓声へと戻り、杉山は上げかけた手を仕方なく下ろす。
拍手に背を押されて互いに間合いを取るための離れ際、高宮が徹にだけ聞こえるように囁いた。
「で、もう有為とはやったのかよ、え?」
徹は、唇を腫らした少女の顔を思い出した。
(……お願いだから)
栗色の髪の少女の言葉が耳に蘇る。
身体の中で、何かがごりっと盛り上がる音を聞いた気がした。
(いいぜ高宮、盛り上げようじゃないか)
徹はポケットに突っ込んでいた鉢巻を取り出した。
一分十秒が過ぎていた。
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