結局、お前か(金木犀6)
徹は、荻原有為の悲鳴を聞いて駆け出した。
またか、などと思う間もない。武道場の裏手には、口から血を流した有為と立ち尽くす高宮武の姿があった。倒れている有為の元に駆け寄る。
「平気だって」
一瞬、有為は大きな瞳に驚きの色を浮かべたが、直ぐに顔を顰めて気だるげに答えると立ち上がった。徹は有為を自分の後ろへと押しやると、高宮の方を向いて半身に構えた。二拍子のリズムを心の中で刻みながら背筋を伸ばす。
一方の高宮は茫然自失していたが、徹を認識した瞬間にそれが憤怒に取って代わるのがはっきり見て取れた。
「……またお前か。結局、お前か」
高宮が顔をどす黒く染め、うわ言のように繰り返す。
そのまま高宮が左正拳を前に出すと、その場の重力がぐっと増した。殺気――そう表現するしかない高宮の態度だったが、徹は心を決めていた。ともに擦り足のまま少しずつ間合いを詰める。徹が更に腰を落とした、その瞬間だった。
「やめてよ!」
有為が肩にしがみ付いてきた。
徹は構わず間合いを詰めようとしたが、有為はむしゃぶりつくように後ろから抱きつく。徹の肩越しに栗色の髪から甘い匂いが広がる。
有為の左目の下は既に赤く腫れ、唇からは血が流れている。息が感じられるほどの距離に有為の黒い瞳があった。
自分の姿を知ってなお隠そうともせず必死に止める有為を前にして、徹は喉から太い棒を差し込まれたかのように息が出来なくなった。
「……お願いだから」
声は小さく掠れていたが、もはや徹はそれに抗う術を知らなかった。
徹が構えを解いて前に向くと、高宮も拳を下ろすところだった。
「続きは後でだ」
高宮は地面に唾を吐くと背中を向けた。
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