表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/72

どうして、その女に気づいたと思う(金木犀3)

 放課後の化学教室で高宮武は苛立っていた。


 ナンバーワンの連を目指す計画はうまく進んでいない。

 荻原有為との組み合わせは、完璧に近いと思っていたが、杉山想平と荻原有理の組み合わせはそれ以上だった。藤原徹とリタ=グレンゴールドの組み合わせも、無視できなかった。


 一芸に秀でた生徒の多い参宮では、課外活動で差がつきにくいのが難点である。空手の全国大会準優勝という高宮の経歴も、参宮では絶対的なポイントとはなり難い。どれだけ目立つかという点では、過去二年間、瓜谷悠が他を圧倒していた。


 高宮自身、二学期は相当巻きなおす必要があると感じているのに、肝心の有為が今一つなのも不満だった。最近の有為は、話をしていても上の空なことが多かった。今日も帰りがけに有為を呼び止めて、空いていた化学教室の丸椅子に座らせたまではよかったが、高宮の顔を見ようとせず栗色の髪の毛先を弄っている。


「だから、来週の体育祭が勝負なんだよ!」

 勢い、高宮の声も荒くなる。隅で打ち合わせをしていた眼鏡をかけた三年生たちが、怯えるようにして化学教室から出て行った。


「有為、お前リレーで一年のアンカーなんだろ。頼むぜ」

 高宮の声に対しても、有為は今一つ反応が悪い。大きな瞳は、さっきから目の前の作業机と前方の黒板を不規則に往復するだけである。


「え……うん。そう」

 気乗りのない声に、高宮は舌打ちする。結局その日の会話も、高宮が一人騒ぎ立てて終わった。一緒に帰ろうと有為を誘ったが、寄る所があるといって先に立ってしまった。


 確かに有為は美少女だが、可愛げがない。有為を通じて姉の有理との仲が深まることも密かに期待していたが、有為の方は姉を強くライバル視しているようで、当ては外れた。

 高宮は立ち上がると、足元の丸椅子を思い切り蹴った。大きな音を立てて、拉げた椅子が無人の教室の隅まで転がっていく。気分を切り替えて高宮は、道場に行くことにした。


 そういえば、今年はまだ十月だというのにもう、「出た」らしい――高宮は不意に、昨日の道場からの帰り道、仲間たちが話していたことを思い出した。


 冬になると、道場の裏手の古びた石碑の元に女の幽霊が出る――


 高宮が参宮学園に入学する前から耳にしていた噂である。学校にありがちな下らぬ七不思議の一つ。高宮自身はそう切って捨てたが、今年の早春、久し振りに目撃者が出た。寒気が肌を刺す二月のある夜、空手部の当時の二年生が二人、部活帰りに、若い女を見たという。


 腹が据わってねえな。それが一年生だった高宮の偽らざる感情であった。

「先輩、空手部副将ともあろう者が美人の女を見てブルっちまったんですか」

 更衣室で翌日話を聞いた高宮の口調には嘲る響きがあったが、青ざめた上級生の顔色は元に戻らなかった。立っていた女は全身が白い霞がかった姿にもかかわらず、その両手だけ赤黒いものに塗れていたという。


「あれは見間違いじゃない。血だ」

 腕も足もそして首も太い、全国大会出場経験もある上級生が震えていた。一緒に目撃したというもう一人の二年生は、学校を休んでいた。


「だが俺が心底恐ろしかったのはな、その女の姿じゃないぞ」

 周囲の下級生たちは、緊張と好奇心の入り混じった表情で上級生の話の続きを待つ。一方、高宮は一人、まだ副将の言葉をどこか舐めていた。

「どうしてその女に気付いたと思う」 

 続く言葉にも、つまんねえ話をだらだらとするよな――そのぐらいの気持ちだった。


だが、


「笑ってたんだよ」

 副将の言葉が予想外だったため、思わず帯を締める手を止めてしまった。

「嬉しそうに、乾いた笑い声を立ててやがったんだ」

 数ヶ月後、その上級生は三年生になって最初の大会でアキレス腱を切って引退した。

 

 くはははは。

 あの時、上級生が真似て見せた笑い声が耳に蘇った。高宮が無意識に唾を飲みこむと、十円玉でも舐めたような嫌な味がした。もう一度舌打ちをすると、目の前にあった丸椅子をさっきと別の方向に蹴り飛ばす。


 その時、足元に赤い革の定期入れが落ちていることに気付いた。

 拾い上げると有為のものだった。明日にでも渡してやろう――制服のポケットに入れかけた高宮が何の気なしに中を開くと、写真が一枚入っていた。

 

 夏の写真だった。有為ともう一人が並んで写っている。

 予想だにしなかった、だが高宮がよく知った男だった。


 高宮は大きく目を開き、下顎を突き出すように奥歯を強く噛んだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

続きも読みたいなと思われたら、下の★をクリックしてもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ