ちょっとジェラシー(向日葵 11)
翌日、徹は筋肉痛に悩まされながら、本部テントで引き続き来訪客の対応をしていた。相変わらず問い合わせが後を絶たず、人の波が途切れて一息ついた時には、既に昼食の時間をだいぶ過ぎていた。
屋台で何か食べよう。そう考えて机の中の食券を探していた徹の前に、今日何度も耳にしたフレーズが聞こえた。
「すいません。たこ焼きのお店教えてもらえません?」
顔を上げると荻原有理の顔が目に入った。徹は慌てて弾かれたように立ち上がる。
「徹君、反応激しすぎ。みんな見てるよ」
有理がくすぐったい顔で耳打ちする。一緒に本部詰めをしていた一年生達が小声で囁き合っている。徹は逃げるように有理と本部テントを出た。
「昨日はお疲れ。カッコよかったよ」
学園祭の期間中は生徒も私服登校である。今日の有理は身体にぴったりしたTシャツと、ふくらはぎまでの丈のパンツを穿いていた。腰の高さと細さが普段よりも際立つ。すれ違う生徒達は、有理を見ると振り返った。
「よくわからないけど、でも凄く気持ちよかった」
徹は正直な感想を口にする。身体のどこかに、虚脱感に似た感覚が残っていた。有理も大きく頷いた。
「去年より盛り上がったと思う。あんな練習をみんなでやってたかと思うと、ちょっとジェラシー」
有理は誰の練習する姿を想像して、誰に対して嫉妬したというのだろう。
高宮はいいのかよ――言葉が喉元まで出掛かるのを、飲み込む。
学園祭の校舎は父兄や他校の生徒も多く、廊下はひどく混み合っていた。互いの肩や手の甲が軽く触れ合う度に、徹の鼓動は早くなる。誰かと話しこんでいる赤い髪の少女も遠くに見かけたが、追わないことにした。
たこ焼き屋で店番の三年生に取次ぎを頼むと、額に汗を浮かべた桐嶋が白いエプロン姿で出てきた。太いハの字眉毛と目尻の笑い皺が、不思議にエプロンと似合っている。
「お、荻原さん。来てくれて嬉しいよ」
「俺には感謝の言葉は無しかよ」
からかう口調の徹に、桐嶋の笑い皺が一層深くなった。
「ふ、藤原がいなければ、もっと嬉しかったよ」
「抜かせ」
桐嶋は、ここは奢るといって食券を受け取らず、二人は余った食券で綿飴を買って校庭の木陰で食べることにした。
「よいしょっと」
有理が小さく声を出して腰を下ろし、照れたように口に手を当てる。徹も口真似をしながら並んで座ると、口をとがらせて脇腹を肘で小突いてきた。
(やっぱり可愛いよな)
しみじみと実感し、同時に胸の奥に痛みを覚える。この感情が何か、判らないわけではなかった。だが徹は湧き出てくる感情を敢えて無視して、有理に話しかけた。
「オギワラユリは、推理劇やってるんだろ」
「うん。杉山君の脚本がすごいの。逆転に次ぐ逆転」
有理は、見た人は皆驚いていたと身振り手振りで力説した。得意げな杉山の顔が目に浮かぶ。
「で、誰が犯人?」
「それを言っちゃあ、面白くないんだって」
有理は顔の前で手を振る。
「徹君、ミステリー読まないでしょ」
「読むけど、後書きから読む」
「それじゃあ、ストーリーを読む前に犯人が分かっちゃうじゃない」
有理は一しきり声を立てて笑った。
西校舎から出てくる後輩たちが、有理に気づいて手を振って来るのに、有理も手を振り返して答える。と、今度は、同じ学年の男たちが通りすがりに囃し立てていく。
さすがに有理と二人では、相当目立ってしまうようだった。
有理も苦笑しながら、再びよいしょとばかりに立ち上がる。慌てて立ち上がりかけた徹に対し、有理は首を横に振った。
「とにかく、昨日はカッコよかった。そのことを『ライバル』に伝えたくて」
「へ?」
「あたし、これから劇の最終公演なの」
隠しきれない失望の色が浮かんだ徹に、有理は
「徹君、これあげる」
食べていた綿飴を徹に差し出した。
「じゃ、お互いガンバろ」
そのまま徹を振り返ることなく艶やかな黒髪が遠ざかっていく。
迎えた後夜祭、今年のベスト・チームは有理と杉山を中心にした推理劇「ミステリー・スクール」だった。
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