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さすが去年のナンバーワン(向日葵 10)

 笑っていた者が、一人二人と口をつぐむ。魅入られ、瞬きさえ出来ない者たちが立ちつくす。

「……糞ったれが」

 参宮学園の前夜祭。ステージを眺めていた高宮武は、両腕が総毛立ち睾丸が硬く縮まっていくのを感じていた。


 思わず横に立つ荻原有為を見て、愕然とする。傍らの少女は魂を抜かれたかのようだった。心の内に芽生えかけた敗北感を、怒りに任せて否定する。

 有為の手を乱暴に引っ張ると、高宮はステージに向き直った。


 音楽は確かに流れている。しかも訳の分らぬ歌付きでだ。

 だが、その場を支配するのは緊張に満ちた静寂だった。

 ダークスーツに身を固めたリタと徹。それは、ダンスの枠を超えていた。

 

 己の右耳をかすめて、天に突き上げられる右脚。

 裂帛の呼気と共に繰り出される、五連の正拳。

 ネクタイが風に舞い、黒いジャケットが翻る。その姿は、華麗といえばこの上なく華麗。

 だが、何故、上げた足の指がぴたりと相手の眉間を指しているのか。何故、拳の中指の節が突き出されているのか。


「ふざけんな。肋骨でも折るつもりかよ」

 高宮は呻いた。


 リタが徹の腰に左手を添えたまま右腕を水鳥の首のように擡げ、三本の指を嘴のように動かす。

 知らぬ者が見れば、白鳥をイメージするかも知れない。だが人を倒す技術を学んだ者ならば、こめかみを指で撃ち抜く残像が焼きつく動きであった。


 判らぬ者はただ陶然とし、判る者は慄然とする――そんな舞であった。


「どう、有理さん」

 再び振付パートに戻って踊り始めた徹たちを眺める荻原有理に、杉山想平が尋ねる。二人とも浴衣に着替えている。夏の衣装ならこれよね、と有理が決めた。


 杉山が後ろを振り返ると、有理の表情が変わっていた。美少女然とした外見に似合わず、時に凛々しい表情を浮かべる有理だが、今日はまさに勝負を挑まれた者のそれだった。

「リタちゃんは只者じゃないと思ってた。でもあれ、素人が出来る動きじゃないよね」

 そして口には出さないが、有理は徹こそ驚異的と感じていた。


 春に道場で徹を見たときから、気になるものを感じてはいた。リタと組むに至って、ライバルになると確信した。だが徹のどこか優しげな姿に、これまで自分が油断していたことを痛感した。

 このままでは徹にポイントを取られてしまう――有理はそう認めざるを得なかった。


 杉山は、それ以上言うなとばかりに眼鏡を指で押し上げた。

「僕は気にしないで。有理さん、あの中に入りたいんでしょ。きっとこの構成だと、もう一度ダンスバトルはあるし」


「え?」

 有理は、自分の気持ちに初めて気付いたように問い返した。だが、その瞬間、杉山の指摘が正鵠を得ていることを確信する。


(確かに、杉山君の言うとおりだけど……)

 杉山は、有理の背中を言葉で押してやった。

「ここで有理さんが出ると、僕らの連に取ってもプラスだって」


 杉山は、人差し指と親指で丸を作ってみせた。その白い頬に笑窪が浮かぶ。

「乱入は本当ならNGだろうけど、有理さんが入れば絶対盛り上がるから彼らも文句は言わない。ビジネスでいえばウィン・ウィンだよ」


 有理は少しだけ考え込んだが、不意に目を輝かせた。

「決めた。杉山君、一緒に行こう!」

「え、僕も?」 


 目を丸くする杉山の額を、有理は指で軽く押した。

「杉山君、わかってるようで駄目だよね。合気道部のオギワラユリだけで行ったら、ただの異種格闘技戦だよ」


 その台詞に杉山も苦笑する。有理は片目をつむり両手を合わせる。

「ね、お願い」

「ん……まあでも、僕も実はこういうの嫌いじゃないし」


 杉山はもう一度、メタルフレームを指で押し上げた。レンズの奥の瞳が細くなる。

「よおっし。行くよ!」

 有理が車椅子を勢いよく押して、ステージへ向かって走り出した。


 舞台に浴衣姿の有理と杉山が駆け上がったところで、大歓声が湧き上がる。杉山が車椅子で器用に一回転してみせると、拍手が鳴り止まなかった。挿絵(By みてみん)


「リタ。悪いけどおいしいとこ貰っていくよ」

 杉山が横で踊るリタに話しかける。


(容姿端麗、頭脳明晰)

「お前たちが舞台に上がることは、計算済だ」

 リタが前回し蹴りを華麗に決めながら答える。


(心も熱いぜ燃えてるぜ)

「うわ、リタちゃん意外に感じ悪い。徹君、今の聞いた?」

 有理が浴衣姿のままで、団扇を片手に器用にリズムを刻む。舞台に立っているとよく判るが、有理たちが登場して以降、観客の視線は更に熱を増していた。


(喧嘩売られりゃいつでも買うが)

「オギワラユリが舞台に上がることを予想したのは、瓜谷先輩だよ」

 徹が肩で息をしながら、裏拳を撃つ。


(だけどバトルはダンスが一番!)

「うーん。さすが去年のナンバーワン」

 そう杉山が言ったところで、瓜谷がマイクを握った。


「よーし会場全員で炎の踊りだ、いくぜ!」

 瓜谷が絶叫する。

 呼応するように舞台の上の徹が、リタが、足を跳ね上げる。楠ノ瀬が、プリティー・チームが両腕を広げる。会場全員が拳を空に突上げる。


 大歓声と、背筋を貫く興奮。

 徹はその時、全身が電撃に撃たれたのを感じた。

 

 瓜谷悠は、確かに会場に魔法をかけた。

 一夜限りの魔法を。

 けれど解けてなお、心のどこかに痕跡を刻む魔法を――

 

 結局、前夜祭はその後二度アンコールに応えて曲を流した後、瓜谷が「委員長の強権を発動」して無理やり解散となったのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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