盆踊りでも没問題(向日葵 9)
「私はあなたがとっても大好き。その顔、その声、その瞳。ハート・マークでもう最高! 夢見る恋に身悶えしながら、だけど何故だか不安なの。ううん、あなたと一緒なら、どんなことでもオッケーよ!」
梅雨も明けようという、学園祭前日の七月十六日。徹達は放課後の音楽教室で、前夜祭の最後の追い込みに入っていた。
プリティー・チームが必死になって、歌詞にあわせて振付を揃える。
「そこで倉知と楠ノ瀬が投げキッス。だから倉知、もっとオーバーアクションだって」
瓜谷の指導の下、少女達が制服のスカートを翻しながら踊る姿を、徹はぼんやり眺めていた。
最初に見たときは、楠ノ瀬の妙に色っぽい仕草や他の子たちの恥ずかしげな表情に釘付けになったが、何十回ともなると感覚が麻痺してしまう。さっきまでファイヤー・チームの振付で絞られ、正直、他人を気にしている余裕もない。
「よし、次はもう一回ファイヤー・チームいこうぜ」
瓜谷がシャツを腕まくりして、こちらを振り向く。
やっと開放された楠ノ瀬たちが上気した顔で腰を下ろし、代わりに徹やリタが立ち上がる。
ファイヤー・チームは攻撃的で燃え立つダンスをしようということで、激しい振付になった。
舞踊の嗜みがあると自己申告したリタがベースの動きを考え、徹が細かな修正を加えた。二人でああだこうだと言っているうちに、いつの間にかリタと徹がメインダンサーとなってしまった。
足を上げる仕草が多く、さすがにスカートではまずいということで、リタも練習時はトレーニングスーツを着ている。
「俺は世界で最高のナイスガイ。容姿端麗、頭脳明晰。心も熱いぜ燃えてるぜ。喧嘩売られりゃいつでも買うが、だけどバトルはダンスが一番! いいぜお前が望むなら、盆踊りでも没問題!」
(この歌詞、誰が考えたんだよ)
囁く徹に、リタが視線を右へと動かした。
(楠ノ瀬麻紀だ。彼女らしい内容だな)
(っていうか、意味わかんなくないか?)
(徹、瓜谷が見てるぞ)
「お、リタちゃんと藤原、元気だねえ、よっしゃ、もう一セットいってみよう」
瓜谷が長い髪をかき上げて笑顔で――徹の目には肉食獣の笑顔に見えたが――歯を見せた。
「……鬼コーチ」
座っていた楠ノ瀬がぼそっと呟いた。
* * * * * * * *
学園祭当日、気象庁は例年より早い梅雨明け宣言を出した。
「あの、友達とはぐれちゃって」
「うちの子がやってる、クベゴンを追うって展示はどこでしょうか?」
「すいません、落し物で黒いポーチ届いてないですか」
実行委員が当日もこんなに忙しいとは思わなかった。
徹は目の下に隈を作りながら、本部テントで来訪者の応対をしていた。 父兄と思われる大人たちから、なぜか幼稚園児まで。老若男女がひっきりなしにやって来る。
「あーあ。他の展示やイベントを見に行きたいなあ」
来訪客の波の切れ間に小声でぼやくと、一緒にファイヤー・チームで踊る一年生が、そうですよねえ、と調子を合わせた。
「藤原先輩は、どこを見に行きたいですか」
「やっぱり、荻原有理の推理劇かなぁ」
徹の言葉に一年生は、我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「俺は、高宮さんのバンドを聴きに行きたいです」
一緒に本部に詰めているもう一人の一年生が、話に加わった。
そういえば、有為と高宮の馬鹿はバンドだった。きっとあの子のボーカルは目立つに違いない。
「トイレ借りれる?」
「どこかでお金をくずせる所、ないですか?」
「ママどこ……」
再び徹達は喧騒に巻き込まれると、そのまま夕方まで休む暇もなく働いた。
校舎が長く影を伸ばす頃になって、ようやく一息ついた徹たちは着替えて舞台裏に勢ぞろいしたのだった。
舞台の袖に用意された巨大なスピーカーからはダンス・ミュージックが繰り返し流されており、会場内は既に徹たちの登場を待ちきれない様子である。舞台の前に並べられた椅子は他校の生徒たちや父兄達が訪れていることもあって満席になっており、後ろには立ち見の姿もちらほら見られる。
徹たちの緊張感は、否応なしに高まっていた。
「みんなカッコいいぜ」
舞台裏では、ウィザードの仮装をした瓜谷悠が、最後の打ち合わせを終えて実行委員会のメンバーを見渡していた。手足の長い瓜谷に、西洋風の黒い衣装はあつらえたかのように似合っていた。
瓜谷先輩、ホストみたいだよね――横で楠ノ瀬が徹に、意味不明な発言の同意を求めてくる。
プリティー・チームは色とりどりのワンピースに着替え、髪を揃いのリボンで結っていた。一方のファイヤー・チームは、リタを含めて全員がダークスーツにネクタイである。バックダンサーの三人は仮面を被り、メインのリタと徹だけが仮面の代わりに帽子を被っている。
「真夏にマントとは、気合入るぜ」
瓜谷は汗を拭った。にやり、太い笑いを浮かべると腹に力を込める。
「いくぜ、レッツゴー!」
瓜谷を先頭に、メンバー全員がステージへと駆け出した。
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