警告したからな(桜 12)
翌日から、徹とリタは極力一緒に行動することにした。
そうすることで何が変わるのか、二人にもわからなかった。だが、自分たちには必要なことだという思いは揺ぎ無かった。休み時間にお互い教室に寄っては、他愛のない話をした。
そして数日後の昼休み、二人で混雑する学食に行ったときのことだった。
リタはランチボックスを持参している。先に席を取っておく――そう言ってリタは背を向け、徹が麺類のコーナーへ急いだところで、見覚えある少女とすれ違った。
「あれ、有為ちゃん」
徹の声に、荻原有為は怪訝そうな表情を浮かべた。
徹は言葉を続けようとして、その後ろに立っている男に気付いた。
高宮は荻原有為を後ろに下がらせると、覆い被さるように徹を睨みつけてきた。
「また女に声掛けてんのか、藤原ぁ」
高宮の台詞も不快だったが、続く有為の言葉に徹は表情が強張った。
「藤原……さんですか。すいません、覚えてなくて」
声を掛けられることに慣れた台詞だった。
高宮がもう一度威嚇するように顔を近づける。その面長で彫りの深い顔立ちが、酷薄そうに歪んでいる。
「どっか行けってよ」
外見だけであれば有為と釣り合っている。そう表現できる高宮の容姿だったが、唇は徹に対する感情を映すかのように歪んでいた。徹は思わず一歩後ずさった。
ただならぬ事態に気づき始めた周囲の視線が、集中する。だが止めようとする者は無い。この後どうなるのか見てみたい、そんな好奇と期待の視線が大半である。
どうすべきか。徹が逡巡したその時――
「徹に何をする!」
騒ぎに気付いたリタが割って入った。
徹を庇う様に足を大きく開き、両の拳を握り締めて高宮の前に立つ。まさに燃え立つ炎であった。
「そっか……リタの組んだ人か」
ようやく思い出したかのように有為が呟く。だが徹には、その後の独り言まで耳に入った。
年下の子に助けられるなんて、カッコ悪い――
屈辱感に顔が熱くなった。
一方で、自らの優位を確信している高宮の眼はリタを通り越し、徹に照準を合わせたままである。
「よかったな、連れが助けに来てくれて」
高宮はそう言うと、べろんと、どこか卑猥な仕草で唇を舐める。どこかグロテスクなその大きな拳を胸の前で重ねて見せる。不快な仕草ではあるが、そこまでなら耐えられた。だが、反応を示さない徹に対して高宮はさらに言葉を継いだ。
「俺は強いぜ」
高宮の言葉を聞いた瞬間に小さな音を立てて、何かが徹の心の中で外れた。
徹は無言で、リタの前に一歩出る。周囲が無謀さにざわめいた。
混雑した学食の中で、高宮と徹を遠巻きに取り囲むように輪が出来始める。何か言いかけようとしたリタを、徹は黙って腕で制した。
「警告したからな」
高宮が嬉しそうに、軽く前足でステップを踏み始めたその時だった。
「徹ちゃん、リーたん!」
能天気な大声が、学食中に響き渡った。
「早く来てよ、さっきから待ってるんだから。貧血で倒れたりしたら、徹ちゃんどう責任取ってくれんのよ!」
場の雰囲気など全く気付かぬように、楠ノ瀬麻紀が大股で近付いてきた。
徹の耳とリタの手を取り、客扱い慣れした笑顔で徹たちを連れ去っていく。徹は、思わず間の抜けた悲鳴を上げながら、楠ノ瀬の後を追った。リタも、突然出現した楠ノ瀬に諾々とついていく。
高宮も、毒気を抜かれたように立っていた。
「高宮に有為ちゃん、またね」
振り返った楠ノ瀬の言葉に、観客達が安堵とも失望とも取れぬ溜息を漏らした。
* * * * * * * *
告
本年度の連は以下の通りとする。
…………
リタ=グレンゴールド(一年一組) ― 藤原徹(二年三組)
…………
杉山想平(一年二組) ― 荻原有理(二年三組)
…………
荻原有為(一年三組) ― 高宮武(二年三組)
…………
楠ノ瀬麻紀(二年三組) ― 瓜谷悠(三年三組)
…………
以上
五月一日
参宮学園高校 事務局
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