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私を見たとき運命を感じなかったのか(桜 11)

「私は、宝玉を手に入れるために来た」

 

 学園から歩いて二十分ほどの高台に立つ洋館で、徹はリタと向き合って腰掛けていた。

 窓から外を見ると、季節の花々が美しく咲き乱れている。この館の主が誰であれ、愛情を持って庭を手入れしていることは明らかだった。

 

 徹は、天井の高さや絨毯の毛足の長さがどうにも落ち着かない。防音設備が施されているのでは、そう思わせるほど室内は静かで、時計の音だけがやけに響く。

 先ほど紅茶を運んできた女性も気になる。遠縁と言っていたが、その立ち振舞いは秘書を連想させた。


「徹には、一緒にナンバーワンの連を目指してもらいたい」

 私服に着替えたリタの、シャツ越しの肩の薄さや脚の細さが目についた。背は百七十四センチある徹とあまり変わらないが、近くで見ると思いのほか華奢な身体つきをしている。落ち着いた話し方と比べ、どこかアンバランスだった。


「リタ、どうして僕を選んだんだい」

 リタは青い瞳を徹に向けた。背後の窓から差し込む西日が、徹の目を射る。

「前から、力を持つ者を探していた」

 その低い声が、徹の耳に神託のように響く。


「私の前で徹が『あれ』を使ったのは、まさに運命だった」

 赤い髪の少女は軽く顎を上げた。

「私は、神の導きに感謝している」

 リタの言葉の幾つかは、徹には理解不能だった。だが、そのどれもが確信に満ちており、端々に覗く宝玉への思いは圧倒的ですらあった。


(果たして自分は、リタの探す「力」を持っているのだろうか――)


 徹の心の動きを知ってか知らずか、リタは咎めるような調子で徹を覗んだ。

「徹こそ、私を見たとき運命を感じなかったのか」


 自宅でのリタは、普段よりも徹の前で感情を見せている気がする。

 知り合ってまだ僅かではあるが、容易に人前で表情を崩すタイプでないことは分かる。そんなリタがふと見せる表情は、徹の心を揺らす。


「凄く強い印象だった。なんたって『私に任せてくれ』だから」

「預けて欲しい、だ」

 リタは訂正するが、徹には微かな照れが混じっている気がする。


「声を掛けられたときは、なぜか懐かしくて、でも不安。そんな感じだった。何となく匂いもしたし」

 訝しげな表情を浮かべるリタに、徹は困って頬を掻いた。

「懐かしい匂いがしたんだ。変だろ、笑っていいよ」


「匂いか――」

 リタは笑う代わりに、徹の台詞を吟味するかのように腕組みをした。

「五感は決して軽んじられない。見て考えるか、触れて感じるか、それとも匂いで捉えるか。アプローチの違いでしかない。私自身、触れることで相手を確認することがある」

 リタは組んでいた腕を元に戻すと、再び紅茶で喉を潤した。


「あ……だから連を申し込んだとき、リタは手を組んで――」

 徹の言葉に、リタが当然だとばかりに頷いた。陶器のように白い頬に僅かに朱が差す。

「手を握れば、相手の善悪ぐらいわかる。無論、肌と肌の接触面が広ければ更に感度が高まるが」


 肌と肌との接触――


 リタの誇らしげな口調とは裏腹に、徹はあらぬ妄想に顔を赤くし、慌てて邪念を追い払う。徹は強引に話題を変えると、ひとしきり入学式でのリタの印象について語った。


 いつの間にか夕闇が訪れ、窓に自分達の姿が映り込んでいる。そろそろ帰るか――徹が立ち上がりかけたとき、リタが徹に微笑んだ。挿絵(By みてみん)


 いや、その言い方は不正確だった。

 目の前の年下の少女は、莞爾として微笑んだのだった。


「徹、お互い悔いの無い一年を過ごそう」

 その顔には一片の迷いも無かった。何者にも媚びず、何者に対しても奢らず、己の決断に誇りを持ち、そして相手の決断を信じる瞳であった。

 徹は瞬きすら忘れ、リタを見つめていた。


(リタ……僕はリタに選ばれたことを誇りに思うよ)

 徹は、この瞬間を忘れないだろうと確信した。


 一方リタは、厳粛な気持ちに打たれている徹を前になぜか、小さく思い出し笑いをした。

「そうか。徹は匂いでイメージを捉えるのか」

「いや、そんな大袈裟なものじゃ――」 


 慌てて首を振る徹の前で、微かにリタの口の端が上がった。  

「私もエジンバラにいたときは、コーギーを飼っていたぞ」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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