では、確かめよう(桜 8)
想像だにしていなかった口説き文句だった。
徹も、そしてクラス中の全員も絶句した。
高宮を取られずに済んだと喜びかけた他の一年も、ただ絶句した。
教室の時計の秒針が刻む音だけが響き――
「あっはっは……やっぱ徹ちゃん、大物だ」
ただ一人、一足早く復活したのは、隣にいた楠ノ瀬麻紀だった。
周囲は未だ硬直したままである。が、リタは全く気にすることなく、徹だけを真正面から捉えていた。
「あの、グレンゴールドさん……多分人違いだと思うんだ。第一、僕の名前を知らないってことは――」
申し訳なさそうに話しかける徹の言葉を、リタは左手を挙げて制した。
ターコイズ・ブルーの瞳の中に抑え切れない興奮が映っているのを見て徹は息を呑み、軽く勃起した。
「間違いない」
リタの表情は揺るがなかった。
「いや、そういっても――」
「では、確かめよう」
リタは突然、徹の右手を取ると、自分の左手と指同士を組み合わせた。
教室中が息を呑んだ。先ほどまでとは性質の異なる、異様な静寂が辺りを支配する。
楠ノ瀬麻紀さえも、再び押し黙った。
徹は恋人同士のように指を組み合わされ、そのまま石になってしまった。
身体の中で、激しく渦巻く興奮と混乱。そして、リタが教室に入ってきて以来感じているこの匂い。
甘くなど無い。芳しくなど無い。
では何故、自分がこの匂いをこんなにも懐かしく思うのか。
徹は、名前を呼ぶのが精一杯であった。
「リ……タ」
リタは徹と手を繋いだままで軽く瞳を閉じると、何事かを呟いた。
白い肌に、薄らと雀斑の浮かんだ高く細い鼻。意思の強さが示された真直ぐな眉。
前髪の間から覗く額には、隠すことの出来ない聡明さが宿っている。
必ずしも完璧な美人とはいえない。が、見る者を惹きつけずにいられないその顔が、軽く頷いた。
瞳を開くと、リタは先ほどの言葉を繰り返した。
「徹、お前を探していた。お前の一年を私に預けて欲しい」
徹は首を横に振ろうとした。
誓ってそのつもりだった。
だが、口を突いて出たのは全く別の言葉だった。
「僕でよければ」
徹は、至るところから響き渡る驚愕の叫びを、他人事のように聞いていた。
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