見つけた(桜 7)
入学式から三日が過ぎた。
そのとき徹は、一時間目の教科書を出していたところだった。
入学式の日以来、特に高宮武に絡まれることなく、とはいえ一言も口をきくことなく過ごしている。
高宮は決して楠ノ瀬が言うほど「馬鹿」ではなく、徹を体育館裏に呼び出すことも無ければ、椅子がへし折られるとことも無かった。
高宮には、今日も女生徒が連の申し込みに来ている。一八五センチを超える長身に、それなりのルックスであることを考えると、新入生の行動はむしろ当然ともいえた。
(これであの殺気がなければな……)
日に何度となく強烈な視線が高宮から向けられることは、相変わらずであった。もちろん、その理由は分かっている。
何とかしろよ、オギワラユリ。
その本人は、徹の悩みなど気にする風もない。というより、部活と新入生の熱烈なアタックに時間を割かれているようだ。徹が合気道部への入部を辞退して以来、大した会話も無く過ぎている。
徹が軽く溜息を付いたとき、教室の前の扉が勢いよく開いた。
振り向くと、背の高い一人の少女が立っていた。
燃えるような赤い髪が、見る者の目を刺す。廊下の外から、外の空気が流れ込んでくる。徹の頬を撫でていく風はどこか懐かしく、それでいて不安にさせる匂いがした。
「見つけた」
赤い髪の少女はぼそりと呟くと、教室の中に入ってきた。
入学式の遣り取りを覚えていた者は互いに囁き合い、少女が誰の前に立つか固唾を呑む。
徹は、歩いてくる少女と高宮とを交互に見比べた。
(彼女も高宮のところに来たか――)
驚きはない。が、徹本人ですら気付かぬ僅かな失望が、心に影を差す。一方の少女は唇を一文字に結んだまま、大またで足を進めた。群集を掻き分けるかのように周囲には目もくれない。
少女は高宮の席を通り越した。
周囲の囁きがざわめきに変わった。高宮の顔が一瞬引き攣り、直ぐに視線をあらぬ方向へと逸らした。
なおも少女は歩みを止めない。
誰が目当てなのか。
少女の歩みと共に対象者が狭まり、それに比例するかのように教室の緊張感が高まっていく。
そして――
少女は徹の席の前に立っていた。
「見つけた」
今度は、はっきりと勝ち誇ったように少女は喋った。
「私はリタ=グレンゴールド。お前の名前を教えてほしい」
クラスのざわめきが一段と大きくなる。
徹は余りに予想外の展開に、ただ口を開けていた。
空耳ではないか――
目の前の光景が信じられないでいる徹に、少女は苛立つでもなく同じ言葉を繰り返した。
「もう一度言う。お前の名前を教えて欲しい」
間違いはなかった。
少女のターコイズ・ブルーの瞳は、確かに徹を捉えている。徹はごくりと唾を飲み込んだ。
「ふ、藤原徹……」
気圧されたように自分の名を口にすると、リタは満足げに頷いた。
「フジワラトオルか。お前を探していた」
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