自己紹介に何書いたんだ?(桜 6)
有理に負けず劣らずの美少女が、歩いてくるところだった。
有理と同じくらいの背格好で、栗色の外巻きの髪。同じ制服を着ているのに、周囲と明らかに異なる華やかさを身に纏っている。有理は、妹の有為だといって三人に引き合わせた。
手足が細いな。それが徹の第一印象だった。
ユイと呼ばれた少女は、徹たちを露骨に品定めする視線を向けると、
「有理、あたし負けないから」
「もう、組む相手は決まったの?」
何気ない有理の言葉にも、有為は過敏に反応する。
「熟慮中。有理こそ変な相手と組んでがっかりさせないでね」
変な相手。
その言葉の中に自分が含まれていると感じるのは、気のせいだろうか。徹は自分の卑屈な想像を振り払って、話しかけた。
「やっぱり姉妹で似てるね。有為ちゃんの方がちょっと背が高いかな?」
場の雰囲気を和らげたい。それだけだった。
が、馴れ馴れしい――そう言わんばかりに有為が眉を顰めた。徹が思わず目を伏せると、
「惜っしいなぁ」
楠ノ瀬が皮肉っぽく声を掛けた。
「素材は負けてないんだけどね。いや、お姉ちゃん以上かな。でも未熟」
有為はあからさまに不機嫌な顔になる。その表情もかわいいと思ってしまう自分が情けない。
有理が妹の態度をたしなめようと、口を開きかけたところで、
「とにかく勝負だからね」
そう有理に言い捨てて、有為は友人の輪に戻っていった。
「あらら、怒っちゃったかな」
「でも、確かに可愛い」
「御免ね。ほんとあの子未熟で」
「……ちょ、ちょっと怖かった」
徹たちが各人各様の感想を漏らしたところで、楠ノ瀬が話題を変えた。
「それにしても、有理ちゃんみたいに相手が押しかけて来るのも大変だよね」
大げさに天井を見上げて言葉を続ける。
「あたしの所にも、やたら男の子が来るんで参っちゃって」
「……楠ノ瀬、自己紹介に何書いたんだ?」
* * * * * * * *
「リタ様、探していた者は見つかりましたか」
その夜、学園から離れた洋館の一室で、赤い髪の少女はそう問いかけられていた。月には薄く霞がかかり、淡い光が高窓から室内に差し込んでいる。
「知っているか、セシル。こういう夜を朧月夜というそうだ」
少女は問いに答えることなく、傍らに佇むブロンドの女を見上げて語りかける。
「この国の言葉は、風情があるな」
セシルと呼ばれた女は黙って頷く。
大ぶりのソファーと年代物の家具が置かれた広い応接間に、リタとセシルの二人きりである。二人の年齢差は七、八歳あるだろうか。セシルの理知的な表情は如何にも有能な秘書然としており、若き主人が語るのを静かに待っている。
果たして、少女はおもむろに言葉を継いだ。
「見つかった。いや、正確に言うと目星はつけた」
「では――」
「名前はわからない。だが近いうちに会えるだろう」
リタ=グレンゴールドはそれきり会話に興味を失ったように、卓上のカードに手を伸ばす。ほっそりとした指でカードをひとしきり弄ぶと、黒革のソファーに深々と背中を沈めて目を閉じた。
如月の宝玉か。
一年を賭けるに値するものであればよいが。
気付くとリタの前には、紅茶が湯気を立てていた。既にセシルの気配はない。さり気ない気配りに感謝しながら、リタはカップを手にした。
窓から覗く月は静謐さを湛え、リタを蒼く照らしていた。
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