我が刹那たる命を捧ぐ(運命の輪 0)
木蘭は低く詠唱しながら、宝玉を天蓋の額に近づけていた。
季節は春、彼岸の中日。
乳飲み子の頭ほどの大きさの球形の石が、生気の無い天蓋の顔を青白く照らす。むせ返るような血の匂いが、木蘭の見事な銀髪を嬲った。
父なる無限よ
母なる永劫よ
「木蘭……もはや宝玉は空だ」
天蓋が口を開き、ごぼっと音を立てて赤黒い塊が流れ落ちる。
「死ぬな。天蓋、死んではならぬ」
我が刹那たる命を捧ぐ
汝が器を用い
「もういい。ただ己のことを覚えていてくれ」
天蓋が、全てを悟りきった表情で微笑む。
雲から満月が顔を見せ、月影が銀髪の少女と瀕死の男を照らす。
「死ぬな。許さぬぞ」
天蓋を抱きかかえ、木蘭は祈り続ける。自らも失血で意識が朦朧とする中、全身全霊で祈る。
この男の命を救いたまえ
天蓋の双眸から急速に光が失われていく。ひび割れた唇が、もう一度だけ動いた。
「木蘭、己のことを覚えていてくれ」
「天蓋、逝くな。死んではなら――」
木蘭の意識は、そこで暗転した。
どこからか野犬の遠吠えが、風に乗って聞こえた。
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次回から舞台は現代に移り、優柔不断な主人公の登場です!