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ふたりの愛の短編集  作者: 日下真佑
9/18

9廻船問屋の涙<前編>

少しお休みしてしまい、すみません。

今日はまた、江戸時代末期が舞台のお話です。

どうぞお楽しみください!

「行かないでくれ!芸者になどなるんじゃない…」

どうか、私のところへ嫁に来て欲しい。と言う言葉を、良之介は必死で飲み込んだ。

本当は言いたい。言いたくて堪らない。でも、それを言ってしまえば、お久の決心は間違いなく揺らぐだろう。が、今彼女の決心を揺らして、その責任を取るだけの財力が、若い良之助にはまだ無かった。

するとお久は、澄んだ瞳で悲しそうに微笑みながら良之助を見る。

「無茶を言わないでよ。私が芸者にならなくて、どうやって家を助けられるの?うちは良さんところみたいな、お金持ちじゃないのよ」

そう言うと、さようならと小さく呟いて、お久は迎えに来た男達と町を去って行った。

お久さん!お久さん!お久さん!!

物心ついた頃からずっと愛していた。それが世に言う初恋なんていう淡いものじゃなくて、歳にそぐわない真剣なものだと気づいた時は、正直驚いた。でも、それはお久も同じで、良之助は一人前になったらお久を嫁に貰うと固く心に決めていた。でも、お久の家の商売が傾き、ついに十二の春、芸者の置屋へ売られてしまった。


「勝見屋様、どうなさって?」

はっと我に返ると、良之助の周囲にはおしろいをべったり塗った芸者達が数人、媚を売るように侍っている。

勝見屋良之助、二十六歳。

今や押しも押されぬ、この辺り一の廻船問屋の主人だ。

お久と別れて三年後、親の勧めで好きでもない女と結婚した。平凡だけど真面目な女だったが、どうしても愛情が持てず、いつしか毎夜、色街で芸者と適当に遊ぶのが当たり前になっていた。

「ああ、お前たち、私が退屈しないように、舞でも一つ見せておくれ」

良之助が言うと、女達はいそいそと扇を持って、色っぽく舞い始める。

さて、今夜はどの女と過ごそうか?

しなを作って舞い続ける女をあれこれ物色していると、隣の座敷から聞こえてくる美しい三味線の音色に思わず目を見開く。

何と見事な!

良之助は必死で、耳をそばだてる。

今まで散々芸者遊びをして、三味線は聞き慣れていたはずだったが、隣の座敷から聞こえてくる音色は、今まで聞いたものとは比べ物にならない、とても風情のある素晴らしい音色だ。

「おい、隣の座敷で三味線を弾いているのは、どの女だ?」

良之助の隣で、良之助の肩にしなだれかかりながら、お酌をしている芸者に尋ねると、芸者はふふん、と自慢げに微笑む。

「流石、勝見屋様はお目が高いこと。あちらは芸者衆ではありませんのよ。何と、一世を風靡なさった、役者の小雪太夫様です」

「な、何と!!あの有名な小雪太夫が隣の座敷に?!」

絶世の美貌の持ち主でありながら、男役ばかりを演じる男装の麗人、小雪太夫は、今や諸国で知らぬ者はいない超有名人だった。

そんな有名人が、地方の田舎町の座敷で三味線を弾いているとは!

良之助は一目小雪太夫が見たくなって、芸者衆が止めるのも聞かず、隣の座敷の様子を見に立ち上がった。

小雪太夫、ここで会ったのも何かの縁。このまま一夜を共にするのも悪くない。

今まで散々芸者衆にしてきたように、美貌の小雪太夫を自分のものにしたいと、ふと邪な考えが頭を過る。

どんなに有名でも、所詮は役者風情、百戦錬磨の私にかかればものの数ではない、とたかを括って障子を開けると、そこには見たことも無い綺麗な女が一人、三味線を手に唄を歌っていた。

いきなり良之助が入ってきたことで、三味線の手を止めると、小雪太夫は良之助に悠然と微笑みかける。

「どちら様ですか?」

「わ、私は廻船問屋の勝見屋良之助と申します。あまりに素晴らしい音色だったので、ついお邪魔してしまいました」

本当は押し入って、二言三言会話を交わしたら、そのまま押し倒してしまおうと思っていた良之助だったが、小雪太夫のあまりの清廉さに、思わず入口に正座して挨拶をしてしまった。

「あの、座敷へ入ってもよろしいですか?太夫?」

「いえ、私は今から宿に帰りますので」

「では、夜道は危ないですから、私がお送り致しましょう」

良之助は何とか頭を回して、言葉を紡ぐ。しかし、小雪太夫に気圧されたらしく、いつもみたいに上手くしゃべれずにいた。すると小雪太夫は、まるで月のような儚げな顔で、良之助を一瞥すると、すっと立ち上がった。

「私の宿はこのお店の中ですので、お心遣いは結構です。それより勝見屋様は、そんなに私の何が気になるのですか?」

振り向きざまに澄んだ目で真っ直ぐに見つめられて、良之助は思わず息を呑んだ。

この目…かつてこの目をした女を、私は知っていた…。

お久…いや、目の前にいるのは、お久よりも更に澄んだ目をした、まるで天女のように美しい役者の小雪太夫だ。

断じてお久ではない。しっかりしろ、自分!

良之助は動揺する心に必死に言い聞かせながら、小雪太夫の問いに対する答えを考えた。



いつもありがとうございます。

これからも、よろしくお願い致します!

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