7義賊の花嫁
いつもありがとうございます。
今日は魔女狩り時代の中世北欧、義賊と魔女の娘の物語です。
「オリヴァが来たぞ!逃げろ!!」
町の外れの古ぼけた娼館は、用心棒が上げた悲鳴のような声で、騒然となる。
着替える間もなく逃げ惑う客、女達は毛布を被ったり、風呂場に隠れたり、それはもうハチの巣をつついたような騒ぎだ。
半年前にここに来たばかりの十四歳のエルマは、カーテンの後ろに隠れながら様子を伺っていた。
窓の外に十数騎の馬がやってきて、そこから銃で武装した男達が娼館の中へ雪崩れ込むのが見える。先頭に立ってる男は、まだ二十歳そこそこか、顔を布で隠しているが、鍛え上げられた細身の肉体を持つ、精悍な雰囲気の青年だ。
あれが噂の氷のオリヴァね。
町長の屋敷を辞めて、義賊となった男。そのやり口は容赦なく、自らが正しいと信じれば女子供にだって手加減しない冷酷な義賊の長。しかしエルマは、他の皆と違って、オリヴァが全く怖くなかった。
何故ならエルマは、オリヴァが決して弱い者を踏みにじらないと知っていたから。オリヴァが襲うのはいつも町長の息のかかった店や、傲慢な商売をしている店ばかりだから、きっとこの娼館へ来たのも、女達から搾取して私腹を肥やすここの主に、正義の鉄槌を下すためだと、すぐに理解できた。
しかし、あちらこちらから悲鳴の上がる中、どこか呑気に隠れていたエルマは、突然蹴破られた扉の音に、どきっとする。
入って来た男は、部屋を乱暴に物色すると、カーテンの後ろに隠れていたエルマを、あっさり見つけた。
氷のオリヴァ、本物だわ!
なんと部下ではなく、長であるオリヴァが直々に乗り込んできたのを見て、エルマは目を丸くする。が、オリヴァは冷酷な表情のまま、エルマの長い髪を掴むと、乱暴にベッドの上に転がした。
えっ?!そんな!!
てっきり義賊は自分には手出しをしないと信じていたエルマは目を見開く。するとオリヴァはそんなエルマの気持ちなどお構いなしに、その体の上に馬乗りになると、乱暴に衣服を剝ぎ取ろうと、ブラウスの胸元に手をかけた。
「止めて!!私は町長達に両親を殺されて、ここに売られたの。お願い殺さないで!!」
必死にエルマが懇願すると、オリヴァは我に返ったらしく、その手を止めて、いきなりエルマを抱きしめた。
「すまない、お前には何もしない。だから、俺の嫁になってくれ。誰にも手出しさせない、俺が生涯守ってやる。俺はお前が気に入ったんだ!」
「あ、ありがとうございます」
何とかお礼を言いながら、間近に迫ったオリヴァを凝視する。太くて凛々しい眉に、大きくて鋭い瞳。そして汗臭い体は筋骨隆々で、思わずエルマは頬を赤らめた。
かっこいい…。
その日から、エルマは義賊の長であるオリヴァの妻として、町の片隅で生きることになった。
半年前、両親を殺されたエルマは、他の少女達と共に、娼館へ売られた。
父は腕の良い職人、母はヒーリングを行ういわゆる魔女だった。二人ともとても優しく、エルマは両親の愛情を一身に受けて、すくすくと大きくなった。が、ヨーロッパ全土で行われていた魔女狩りは、この町にも魔の手を伸ばしていた。母が魔女だと言う理由で、町長により両親はある日突然、殺されてしまった。エルマも殺されかけたが、容姿が整っていたことから「売った方が金になる」との一声で、娼館に売られることになった。
客を取る毎日は地獄だった。主は夜も眠らず働く女達の稼いだ金の殆どを持って行ってしまうため、女達は貧しい暮らしを強いられた。
一方、オリヴァは、町長の屋敷で事務をして働いていた。頭の切れるオリヴァは町長から重宝がられたが、次第に自らの欲のためなら、何でもする町長に嫌気がさして、屋敷を辞めた。そして、世の中に不満を持つ男達を集めて義賊を結成すると、町長に媚びを売る者たちや、人を人とも思わぬ傲岸不遜な者たちを、片っ端から殺して行った。
そんな二人は奇しくも、エルマの働く場末の娼館で出会い、そして結ばれた。そして、オリヴァは次の野望を果たすべく、今日旅立つ。
「いいか、エルマ。俺は今から、皆と一緒にあのクソ町長を殺しに行く。もしかしたら生きて帰って来られないかもしれない。その時は、ここにある金を持って、どこへでも好きな町へ逃げてくれ」
「オリヴァ」
エルマはオリヴァに抱き着くと、最後の別れを名残惜しそうに顔を埋める。
結婚して三か月、オリヴァはエルマを心から大切にしてくれた。乱暴なことをすることも一切なく、毎日恥ずかしくなるような真っ直ぐな愛の言葉を、何度も囁いてくれた。
でも、これで最後かもしれない。
何故なら町長は、自らに楯突くものをせん滅しようと、傭兵やならず者を集めることに、躍起になっているらしいからだ。
オリヴァは、そんな不正と私欲にまみれた町長を、今日こそ本気で殺すつもりだ。
「行ってくる」
そう言うと、ちらっとエルマを振り返り、ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべる。
「気を付けて。どうかご無事で」
「ああ、すぐ帰ってきてやるから、安心して待ってろ!」
絶対に、絶対に無事で帰ってきて!!
心の中で祈るような気持ちで、エルマが頷くと、オリヴァは後ろを振り返ることなく、仲間達のところへ馬を走らせた。
その夜、オリヴァが亡くなったとの知らせを、エルマは聞いた。
どうやら町の真ん中で、町長の傭兵たちと戦闘状態になり、オリヴァの義賊は全滅したらしい。
「オリヴァ…」
突然のことに放心状態のエルマは、虚ろな目をして外を見る。
綺麗な三日月が浮かぶ空を見ると、初めてあった日のことを思い出す。
―誰にも手出しはさせない。俺が生涯守ってやる。
オリヴァの嘘つき!生涯守ってやるとか言って、たった三か月なんて酷いよ。
エルマは風のように去って行ったオリヴァの笑顔を思い、とめどなく涙を流した。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
明日は小説家になろうでおなじみの、「魔女の伝言」のアンナとソフィアの物語です。
どうぞよろしくお願いします!