表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりの愛の短編集  作者: 日下真佑
6/18

6魔女の森の殺し屋

遅くなってすみません。14日分アップします。

 ユリウスは森の中にいた。

と言っても、命からがら逃げてきたところで、白いシャツの左胸には、真っ赤な血がどくどくと染み続けている。

「ちっ、まさか見つかるとは。仕方ないな」

荒い息を吐きなら悔しそうに呟くと、先程やった仕事の内容を思い返す。

ユリウスの仕事は殺し屋だ。凶器を使って相手を直接殺すのではなく、不思議な力で証拠も残さず人を殺めることを得意としていた。今日もあとちょっとのところで完全に見つからずに出てくることができたはずなのに、不覚にもユリウスが隠れていた場所を突き止められてしまった。

「さて、あの街に帰ることもできなくなったし、しばらく旅でもするか」

そう自分に言い聞かせると、森の出口を必死で探した。しかしこの森は不思議な森で、大して広いわけでもないのに、なかなか出口にたどり着かない。

何て森だ…この私を謀るとは…。怒りながら歩いていると、森の奥に一件の家が建っているのが見えた。

近づいて窓を覗いてみると、家の中にはユリウスより少し年下のとても美しい女が、一生懸命薬を調合しているところだった。

「あの、すみません」

ユリウスが声をかけると、女はちょっとびっくりした顔でユリウスを見る。

「こちらで、怪我の薬を頂きたいのですが、ありますか?」

ユリウスに話しかけられて、女は一瞬どきっとするも、すぐに笑顔で怪我の薬を調合することを承諾してくれた。


 気が付くと、ユリウスは女の家のベッドの上で眠っていた。

普段なら、こんなことは無いのに、今日はやけに体が重い。すると、さっき森で会った女が、水の入ったグラスを持って、やって来る。

「お兄さん、やっと目が覚めたのね。これで安心ね。はい、お水」

「ありがとう」

ユリウスはお礼を言うと、女が運んで来てくれた水を、ゆっくり口に含んだ。

「無事水が飲めて良かった。あと十五日もすれば、体も元通りに動ける状態になるから」

女はそう言うと、まじまじと横たわるユリウスを見つめる。

細面で整った顔、長身に力仕事とは無縁の適度に引き締まった細身の体、綺麗なブロンドの髪。女が今まで見て来たどの人間よりも美しくて、気がつけばいつの間にか、ユリウスに惹かれていた。

「あの…お名前を聞いてもいい?」

女が遠慮がちに聞くと、ユリウスは首だけ女の方に動かして「ユリウス」と答えた。そして、

「君は?なんて名前なの?」と逆に質問を返すと、今度は女がユリウスを真っ直ぐ見つめて、

「私はアリスよ。ここで医者みたいな仕事をしているの」と答える。

「ふーん、医者か。体が治るまで、ここに居てもいいかい?ちゃんと働いて、迷惑はかけないから」

「勿論よ。毎日傷口は消毒しなければならないし、そうしてもらえると助かるわ」

アリスがいたずらっぽく言うと、ユリウスは優しい眼差しでアリスに微笑んだ。


 それから、アリスはしばらくユリウスと同居をすることになった。傷はアリスの見立て通り、十五日後には何とか塞がったが、それでもユリウスはアリスの元を去ろうとはしなかった。

 やがて三月が過ぎる頃には、二人はすっかり仲良くなっていた。しかしアリスには疑問があった、ユリウスが時折、「仕事」と言い残して一人で街へ行くからだ。

「お兄さんの仕事は、いったい何?」

ある日意を決してユリウスに尋ねてみる。すると、

「私の仕事は学者だよ。それ以上でも以下でもない」と、あっさり答えが返って来た。しかし今日のアリスはそんなことでは引き下がらなかった。

「嘘、いや学者は本当だろうけれど、もっと危ない仕事をしているよね?私もそう。私、確かに医者はしているけれど、それ以外にも魔女もやってるから」

「そうなんだ。じゃあ、私が傍にいなくちゃね」

「で、仕事は何をしているの?」

「殺し屋だよ。そして薬剤の調合。きっとアリスちゃんの役に立つ」

ユリウスがあっさり本当のことを言うと、アリスは安堵したように微笑んだ。

「やっぱり。最初に会った時から、何となくそんな感じだったんだよね。お兄さん、魔女をあまり甘く見ないことね」

「甘くなんて見るものか。アリスちゃんは、この世で最も美しくて強い魔女だよ」

そう言うと、二人は愛おしそうに見つめ合った。

 

 それからしばらくして、ユリウスは街へ仕事に行かなくなった。

その代わり、その特異な能力を生かして、アリスと一緒に心を病んだ人たちの治療を始めた。仕事はとても順調で、生活も豊かになった。

 やがて二人は結婚し、子どもを授かった。

が、子どもを授かった日、アリスは一番聞きたくない声を耳にしてしまった。

それは、アリスの家を呪う悪魔の声だ。

「秋の終わりの日に、お前の夫の魂を、私に捧げよ」

嘘!お兄さんを殺すなんて、絶対に無理だよ。とアリスは何度も頭を振った。

 しかし、無情にも秋の終わりの日はやって来る。

アリスは先祖伝来の呪いのナイフを手に、愛するユリウスを殺める覚悟を決めた。

夕方、仕事を終えてお茶を飲みながらくつろぐユリウスを外へ誘うと、アリスは震える手でナイフを構えた。するとユリウスは、黙ってそんなアリスの前に立ち、その美しい瞳を悲しそうに見つめた。

「アリスちゃんに私は殺せないよ。アリスちゃんはどうしてもそれを私にしないと、その悪魔に許されないの?」

「ごめんね、お兄さん。ママが私達を守るために、悪魔に魂を売ったの。私に守らないという選択肢はないわ」

「そうか」

ユリウスは寂しそうに呟くと、何とナイフを持つアリスの手を掴み、自らの胸をひと思いに刺した。

「やだ…お兄さん、どうして?!」

ごぼっと血を吐いて、膝をつくユリウスに、アリスは目を見開く。

するとユリウスは、愛おしそうにアリスを見つめたまま、力無く微笑んだ。

「これで…アリスちゃんを人殺しにしなくて済んだね…愛してるよ、アリスちゃん」

そう呟くと、ユリウスは静かに息絶えた。


 半年後。

アリスはユリウスとの子どもを育てながら、何とか暮らしていた。が、最近患者で来る男が、どうしても気になっていた。

何故だろう?やっぱりお兄さんに似ているからかも。

必死で自分の心に線を引いて、ユリウスとの愛を貫こうとするも、やっぱり気になって仕方がない。

 どうしよう。私、浮気とかは絶対にしないって決めていたのに。と、アリスがもやもやしながら仕事をしていると、なんとその男はいつもは無口なくせに、今日は饒舌にアリスに話しかけてきた。

「そうですか。私と亡くなったご主人が似ていると」

「はい。でももう診察も終わったので、今日はここまでにしましょう」

強引に会話を終了させようとしたアリスを、男はおかしそうに見つめる。

青くて綺麗な瞳、きりっとした目元、やっぱりお兄さんにそっくり!!

うっかりそんなことを考えて、ぼーっとしていると、いきなり男は、

「そんな顔をしたら浮気したことにするぞ、アリスちゃん」と、とても懐かしい声で言い放つ。

「えっ?嘘…もしかして本当にお兄さんなの?」

お兄さんは私の身代わりになって、亡くなったはずなのに…。とアリスが驚いていると、その男はあっという間にユリウスの姿に戻って、アリスに微笑みかけた。

「ただいま、アリスちゃん」

「お兄さんなのね?」

「そうだよ。アリスちゃんを守るために、帰って来た」

そう言うと、慣れた仕草で長い足を組み替える。

「永遠に守るよ、アリスちゃん」

ユリウスはそう囁くと、アリスの唇にそっとただいまのキスをした。





















これからもよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ