表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりの愛の短編集  作者: 日下真佑
1/18

1ヴィオラの初恋

これから毎日(予定)1話ずつ恋の短編をアップしていきます。

全18話の予定です。

どうぞお楽しみください!

 宮殿は、今宵も絢爛な毒花が舞い踊る。

 女王主催の舞踏会は、華やかで品の良い雰囲気とは裏腹に、いつだって貴族のどす黒い欲望渦巻く場所だった。

今日も身分のある貴公子や姫君を目当てに、たくさんの貴族たちが媚を売り、他人を蹴落とす自慢合戦をあちらこちらで繰り広げている。

「はぁ、つまらないですわ」

十四歳のヴィオラは形の良い唇からため息を漏らすと、辟易した表情で周囲を見回した。

皆、少しでも将来有望な身分のある相手に見初められるために、必死の駆け引きに夢中だ。しかし伯爵令嬢のヴィオラには、そんな打算に満ちた駆け引きも、自分に寄ってくるプライドだけ高い貴公子たちも、全く眼中に無い。

亡き母が再婚した、無慈悲な伯爵の折檻が原因で長患いをしている痩細った体、それに似つかわしくない誰もが振り向く絶世の美貌、そして伯爵家の令嬢という、どこの舞踏会でも見劣りのしない身分。でも、病の体を押してまで、舞踏会に参加する意味ってあるのかしら?

そんなことをぼうっと考えていると、貴婦人達から、どっと感嘆の声が上がる。

声のする方に目をやると、そこにはヒューバー侯爵の隣で居心地悪そうに微笑む、美貌の青年が立っていた。

「まあ、凛々しいお顔立ちですこと。さすが侯爵様のご子息様ですわ」

「本当に、こんな素敵なご子息を今までお隠しになるなんて、ずるいですわ侯爵様」

貴婦人達が興味津々で媚びへつらっているのを、青年は見るに堪えないといった体で、目線を反らして苦笑いしている。

―変わったお方ですこと。普通なら、貴婦人達に愛想をしたり、品定めしたりなさるのに。まるでここにいるのが不釣り合いと言わんばかりの態度をなさって。しかも、貴族の正装が何だかしっくり馴染んでなくて…。侯爵様のご子息なのに不思議な方ですわ。

ヴィオラがいつの間にか青年を凝視していると、ふと顔を背けた青年とばっちり目が合ってしまった。

「…!!」

慌てて扇で顔を隠すも、青年は興味を持ったらしく、ヴィオラの方を向いてにっこり微笑む。

その笑顔がまるで侯爵家の貴公子に相応しくない、あまりに清らかなものだったので、ヴィオラはそれからずっと、その澄んだ大きな瞳を忘れることができなかった。


「ヴィオラ、お前の花婿が決まったぞ」

普段は気に入らなければ意地悪や折檻をするだけのクズ父こと伯爵にそう声をかけられたのは、舞踏会から二週間後のことだった。

「驚くなよ。相手はヒューバー侯爵様のご子息、リオン様だ。舞踏会でお前を見初めたらしい。お前が侯爵の子息に嫁げば、私の出世も間違いなしだな」

くくくく、と下品にほくそ笑む伯爵に嫌悪しながら、ヴィオラはぽっと頬を赤らめた。

あのお方が、私を妻に。

そう思うと、嬉しいような、恥ずかしいような、初めて感じる何とも言えない気持ちがした。


 婚礼の日、侯爵家に嫁ぐヴィオラは、立派な花嫁衣裳に身を包み、豪華な支度と大勢のお供を連れて、ヒューバー侯爵の屋敷へと向かった。

 侯爵家では教会で厳かな結婚式を執り行った後、要人を招待した舞踏会が盛大に行われた。リオンは会ってみると、ヴィオラよりも十歳も年上で、背が高く、凛々しく引き締まった美しい顔立ちをしていた。

「初めまして、ヴィオラ姫。リオンと申します。これから末永くよろしくお願いします」

そう挨拶する声は心がとろけるような心地よいテノールで、ヴィオラは思わず息を呑む。

何て美しい方なのでしょう?

さすが侯爵家の子息と誰もが感嘆のため息を漏らす中、ヴィオラが一番惹かれたのは、やっぱりその目だった。舞踏会で初めて見た時もそうだったけれど、リオンの目は今まで見た誰よりも邪気が無く澄んでいて、とても強い意志をたたえている。

―なんて目をなさる方なのかしら?この方の心はきっと、この目のように真っ直ぐで綺麗なのね。

ヴィオラが見とれていると、リオンはその海のような瞳でヴィオラの顔を覗き込んだ。

「僕のことがお嫌いですか?」

「き、嫌いなわけ、ありませんわ」

いきなり問われてしどろもどろで返事をすると、リオンはそんなヴィオラを可笑しそうに眺めながら、

「それは良かったです。僕は初めて見た時から、ヴィオラ姫を愛してしまったのだから」

と素朴な雰囲気とは裏腹に、顔から火が出るような台詞を臆面もなく言ってのける。

ヴィオラは耳まで真っ赤になりながら、必死でリオンを睨むと、

「こ、このようなこと、皆さまの前でおっしゃることではありませんわ」

と恥ずかしさを堪えて怒ったふりをした。しかし、リオンは全く平気らしく、

「そうですか。それは失礼を。でも僕の言葉には、少しの嘘偽りもありませんよ。これからずっと、あなたを大切に致します。誰よりも。約束致しますよ。ヴィオラ姫」

と、顔を覗き込む。

「わ、わ、私こそ。私、体も弱いですし、たくさん迷惑をかけますわ。それでも、そんな言葉が言えますの?」

ヴィオラは耳まで真っ赤になって必死で反撃したつもりだった。が、リオンはそんなヴィオラにふっと愛おしそうに微笑むと、ヴィオラの目を真っ直ぐ見つめた。

「言えます。神に誓って、あなたを守る。だからどうか、私の夢を一緒に見てください」

どくん、と繊細な心がリオンの愛で完全に射抜かれるのを感じて、ヴィオラは慌てて目を伏せた。


 舞踏会がつつがなく終わると、ヴィオラはいよいよリオンと二人で住む侯爵家の別邸へと向かった。ヴィオラが持ってきたたくさんの嫁入り道具は後日運ぶことになり、僅かな着替えと身の回りの物をほんの少しだけ持って、馬車に乗った。

馬車は宮殿のある都から次第に庶民の住まいの立ち並ぶ、長閑な場所へと走って行く。

いったい侯爵様の別邸はどこにあるのかしら?

ヴィオラがきょろきょろ目だけを動かして窓の外を見ていると、馬車は一軒の小屋の前に到着した。

「ヴィオラ姫、着きましたよ」

リオンに言われてヴィオラは目を丸くする。何と侯爵の別邸とは、まるで庶民が暮らすような、質素な作りの小屋だったからだ。小屋の前には畑があって、ニンジンや葉物野菜が植わっている。

「ここは…?」

「私の家です。良き侯爵となるためには、庶民の暮らしを知らねばならないと考えて、もう五年くらいここで暮らしています。ヴィオラ姫にも、ここの暮らしに慣れて欲しい」

「は…では?今日から、私もこちらで暮らしますの?」

「はい」

「お供の方は?」

「いません。二人きりです」

「え……では、いつまで?」

「ずっとです。私が庶民の暮らしを堪能するまで」

冗談じゃない!!とヴィオラは不安になった。体が弱く、ペンより重い物を持ったことが無い私に、こんな小屋に二人きりで住み、水汲みや洗濯などの家事を全部しろとは。いくら侯爵でも、こんな話は無茶苦茶だと、だんだん腹が立ってきた。

「無理ですわ。私がそのような暮らしをしたら、死んでしまいます!!私、実家に帰らせて頂きます!!!」

ぷい、とふくれっ面をしたままリオンを睨む。しかしリオンはそんなヴィオラを可笑しそうに眺めると、

「何も、ヴィオラ姫に水汲みや家事をしろとは言いませんよ。生活の諸事は全て僕がします。ヴィオラ姫はだた、僕の隣で微笑んでいてくれさえすれば、それでいい」

とヴィオラの目を見つめた。

「…本当ですの?」

ヴィオラがおそるおそるリオンと目を合わせると、リオンはそっとヴィオラの前に立ち、ヴィオラの痩せた体を抱きしめた。

「ずっと知っていましたよ。あなたがお父上から酷い扱いを受けていることを。僕は初めてあなたを見た時から、いつか必ず助けてあげたいと思っていました。ここの暮らしはお屋敷みたいに華やかではありませんが、お父上の魔の手からあなたを完全に守ることができる。ヴィオラ姫…いや、ヴィオラ、どうか僕を信じてください」

「…リオン様」

「リオンでいいですよ。この辺りでは、侯爵の息子というのは内緒で、木工職人のリオンで通っているからね」

リオンはそう言うと、ヴィオラを抱き締める腕に力を込める。

ヴィオラはリオンの広い胸に顔を埋めると、とめどなく涙を流した。







いつもありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ