死者と話せる電話ボックス
あなたには人生の最後に話をしたい相手はいますか?
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倉庫が立ち並ぶ港にポツンとある電話ボックス。街灯のないその場所で電話ボックスの灯りだけが煌々が光っていた。
そこに重たい足取りで近付く人影が一つ。
電話ボックスに入ると照らされる中年男性の姿。
会社員風のその男性は徐ろに受話器を取った。
プルルル.....
ダイヤルを押していない電話から呼び出し音が鳴る。
ガチャ...
『ありがとうございます、露雲電話局でございます。どちらへの電話をご希望ですか?』
繋がった先は電話局。
男性は少し戸惑いながら答えた。
「·····妻に、日南子に繋いでほしいです。」
電話の相手がすかさず返答する。
『奥様ですね。住所をお願いいたします。』
男性は慌てて答えようとするも、口をつぐんだ。
「あ!えっと、住所は...................。いや、すみません。繋がる訳ないです、妻は10年も前に亡くなっているんです。」
そう言って電話を切ろうとした男性に電話の向こうから、
『かしこまりました。亡くなられた方との電話をご希望ですね。お電話をされる際の注意事項はご存知でしょうか?』
当たり前のようにスラスラと答えた電話相手に慌てて受話器を耳に押し当てた。
「いえ!あの...、知りません。ただ人からこういう都市伝説があるって聞いて、フラフラ歩いていたらこの電話が見えたもので…。」
男性の答えを聞いた電話相手は、
『かしこまりました。では注意事項をご説明致します。注意事項としましては3つほどございます。まず1つ目、お電話を出来るのは1回かぎりですので、今後は二度と当電話局を使うことは出来ません。予めご了承ください。次に2つ目、お電話を希望される方の命を糧として、もっと詳しく言えば命の時間を使い、お話されたい方へとお繋ぎします。ですので、お話される時間にはご注意ください。最後に3つ目、奥様と電話をしたことは、貴方様の記憶から抹消されます。』
説明を聞いた男性。疑問を口にした。
「せっかく話しても忘れてしまうんですか?」
『完全に忘れてしまう訳ではありません。詳しくは思い出せないけど、夢で話したような気がする、程度でございます。ご安心ください。』
“抹消“とは言ったものの、完全に忘れるわけではないようだ。それに安堵したのか、男性が息をついた。
「そうなんですね。それでも構いません。私の命も残り少ないんです。最後にもう一度だけ日南子と話をしたかったんです。」
残り少ない命、そう答えた男性はすでに覚悟を決めているようだ。
『かしこまりました。注意事項には同意をいただいたと捉えさせていただきます。では、これより奥さまにお電話をお繋します。ごゆっくりお楽しみ下さいませ。』
プルルル プルルル
電話相手の話が終わると、またしても呼び出し音が鳴った。
ガチャ...
受話器を取る音が聞こえる。
『孝仁、さん、な、の?』
電話の向こうから聞こえる声に“孝仁さん“と呼ばれた男性は笑みが溢れた。
「日南子、なのか?ああ、ああ、やっと君の声が聞けた。君に沢山話したいことがあるんだ!」
涙を流す孝仁。夫婦離れ離れになってからの時間を埋めるように話をした。仕事のこと、家族のこと、孫ができたこと、話は尽きないが時間は刻一刻と過ぎていく。
...........
「日南子、それでな、 ガチャン!
電話が突然切れる。そして、また電話局へ繋がった。
『…お時間でございます。』
どうやら孝仁の電話ができる時間はもう残ってないようだ。
「そう、ですか。ありがとうございました。いい思い出ができました。もう思い残すことはありません。」
『ご利用ありがとうございました。』
そして電話は切れた。
孝仁は、電話ボックスから出て歩き出した。
数時間前の男性とは思えないような軽い足取りだった。
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《次のニュースです。今日未明に〇〇川の河川敷にて男性の遺体が発見されました。所持品から〇〇区在住の会社員、江碕 孝仁さん(48)とみられています。
遺体には外傷はないものの、警察は事件事故の両面から捜査を行っているとのことです。
次のニュースは..................》
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暗闇で光る電話ボックスに近付く人影。
その人が受話器を取ると、ダイヤルを押していないにも関わらず、電話が繋がる。
『ありがとうございます、露雲電話局でございます。どちらへの電話をご希望ですか?』
END