ハンマー
キリガヤに来て一カ月が経った。
その時辺りは楽しかった。今までにない力が次々と手に入り、それを存分に振るう場所まで用意されていたのだから、俺は公園の砂浜で夜が来ても帰りたくない園児のようにミッションの終わりを名残惜しく思っていた。その当時は遊び相手と遊んでいるという認識しかなかったのだ。
一週間に一度のミッションを受けていて丁度三回目の時だった。Eランククエストで珍しく参加者と会話する機会があったのだ。
その参加者はハンマーと名乗った。
その男は凶悪なまでの膂力で鉄の塊に棒を取ってつけたようなハンマーを振り回していたが何故か敵を殺そうとはしなかった。
確かナンバーズ五位か六位のAランクだ。まさに暴力の嵐のような男が敵に情けをかけるのが意外で堪らず疑問を投げかけた。すると彼は不機嫌そうに答えた。
「あぁん?お前さん、人殺しが楽しいと思ってんのか?」
理解ができず重ねて疑問を投げかけると彼は更に不機嫌になりハンマーを地面に叩きつけた。
「んだよ!素人かよ…。どうせ聞いても”慣れ”が足りなくて理解できないだろうが覚えておけ。俺達がミッションと呼んでいるこの行為はただのリンチ作業だ。他の惑星に飛んでいき、そこで暮らしている奴らを意味もなく殴りつけて幸せを奪う。極悪非道な行為をしてるんだよ。」
耳を疑う発言だった。
そんな筈はない。奴らは異形の化け物でその地に住まう人間に明確な危害を加えているから討伐対象に選ばれているのだ。そう前のめりになって言い返した。
「ちっ!お前さんはまだミッションで人を殺したことがねぇんだな。知的生命体を殺して回るんだから当然俺らと同じ人間が討伐対象になるわな。その時、俺が殺した人間は善良なごく普通の女だったぜ。異形な化け物でもなんでもなかった。」
はぁとため息を吐いて鉄の塊を地面に置いた。地響きが体に伝わった。
「もう分かるだろ?俺達は自分が生きる為に人を殺して回る唯の殺人者の集団だ。お前さんの言う通り人間に危害を与える奴が討伐対象になるなら俺がその討伐対象にピッタリだな。」
崩壊の感覚を味わう。血に染まった千鳥を眺めた。俺がさっき切り飛ばした奴にも人生があったことを思い出す。俺は殺人者。有害な化け物を駆除する英雄ではなく唯の殺人者。
殺人。殺人。殺人。頭の中を殺人と言う言葉がグルグルと巡り、耐えきれず口から吐き出した。床を俺の吐瀉物が駆け回る。
「汚ねぇなぁ。もういい…。ボス殺してくるからそこで寝てろ。」
そう言ってからは鉄の塊を背負って大きな足音を立てながら進んでいった。取り残された俺が呆然としている間にミッションはクリアされ小部屋に戻された。
そこで息を呑むように目覚める。
「はぁ…。はぁ…?」
一体いつの話だ。今のは夢か?
知らない天井を見上げていた。柔らかい白いベットから身を起こす。
水甕と鏡台があり、赤色の絨毯がひかれていた。遠慮なしにドアノブが押されて扉から人が入ってくる。
「おや、起きたのかい…!」
皺だらけの顔に長い白髪を後ろで纏め、くすんだ紫のとんがり帽子をつけた老婆だ。ウィッチ。邪悪な魔女。おばぁちゃん。それは全てこの老婆を示す言葉で間違い無いだろう。
「ウィッチよ。なぜこんな場所にいるのだ。そしてなぜ俺を生かしているんだ…?」
老婆は折れ曲がった背骨を軽く伸ばしこちらを見る。
「いいんだ。今から丁度皆んなに説明するところさね。来な。」
ウィッチが部屋を出て行ったので慌てて彼女を追った。廊下は窓から陽光が差し込んでいて白い壁が光り輝いているように見えた。窓の外を覗くと村が一望できてどうやら随分高い場所にいることを認識した。
ウィッチが階段を下り大きな部屋に入った。