奇襲
そうだ。敵のボス格が今無防備だ。ここでルージュの首を刎ねてヴァンと残党を狩り、魔女とやらのところから仲間を救出するのだ。彼らはベールを失い茫然自失としている。
ヴァンの霧は源力操作を覚えたからか、俺でも感知出来なかった。完璧なアンブッシュを決めたヴァンは今回のミッションのMVPだ。狙う相手も良かった。一番団体で脅威的だったのは他でもないベールなのだから。
さあ。ここからが反撃の時間だ。小娘どもを血塗れにしてやれ。オーガ。ギリギリの戦いの愉悦。蜜のような時間が皿に盛られて万全に用意してある。
雷切を抜いた。ルージュに襲いかかるつもりだった。少なくとも俺の脳はそれが最も合理的で最適解だとそう認識していた筈だった。ちゃんとルージュを殺すつもりだった。
しかし俺の体はなぜか隣にいたヴァンに襲いかかっていた。今までこの世界で得たこと、刀の握り方、足の捌き方、それらをすべて忘れた最初のパラディンとの戦いの時ように彼に襲いかかった。
無様な攻撃をヴァンは戸惑いながらも体を霧にして避ける。
「何をしているんだ!オーガ!まさか本気で奴らの言うことを間に受けたのか!?奴らはナイトを殺したんだぞ!俺の目の前で!嘲笑いながら!そんな悪魔どもにたった一度命を救われたからといって信用したのか!?」
そんなこと言われても俺も分からない。俺の脳は必死にルージュを殺せと命令しているのだがなぜか体が言うことを聞かないのだ。
源力でヴァンの霧を集め首を掴み締める。ヴァンは苦悶の表情を浮かべた。苦しげな声が彼の口から漏れ出る。力を込めた。
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。俺は何してるんだ。」
更に力を込める。ヴァンの顔が真っ赤なトマトのように膨れ上がった。
「やめろ。落ち着け。何してるんだ。訳がわからん。精神統一だ。抵抗はやめろ。助かった。力を抜くんだ。まずい。逃げろ!クソガキが。はやく口を濯げよ。刀を振り下ろせ。源力を上手く扱うんだ!相変わらず容赦がないな。リーチを考えるんだ。美しいエメラルド。ふざけるな。そうか。俺にも勝機はあるのだな。酒臭いやつだ。奇妙な液体で満たされた壺。ファザーここはどこだ。蜘蛛がこっちを見てる!」
頭の中で蝉が飛び回っている。脳漿を撒き散らしながら尿を撒き散らして飛んでいる。頭がもう爆発しそうなんだ。ヴァンは口から泡を吹いて白目になっている。
「誰か止めてくれ!!!!!!!」
口から出た絶叫。しかし誰も動かない。その時空から巨体を揺らしてドラゴンが降ってきた。巨大な翼が風を巻き起こして着地する。頬に優しい風を感じる。茶色の蜥蜴に翼をつけて馬鹿みたいに大きくしたような生物だ。赤い口と凶悪な牙をこちらに向けている。
「おいおい。一体どうなってるんだい。」
ドラゴンの上からは聞き覚えのあるしわがれた声が聞こえた。老婆がこちらを見下ろしている。
「とりあえず落ち着きな。オーガ。呪文で今眠らしてあげるよ。おやすみ。」
老婆が杖を振ると体から力が抜ける。視界が徐々に暗くなっていく中、俺に加速薬を売った道具屋の店主であるウィッチがベールの亡骸を抱えてドラゴンに乗せていくのだけが最後に見えた。




