ナイト
彼女はひとしきり俺に罵声を浴びせた後疲れていたのか泥のように眠った。
関係ない。今は虐殺だろうが、彼女達が殺される理由なんてものは関係ない。仲間を救わなくてはならないのだ。最悪ミッションにクリア出来なくても制限時間、彼女を人質なりして逃げ切ればいいだろう。
仕事を完遂する。扉を閉めて彼女を監禁した後、ベットでそれだけに意識を集中させて眠りについた。
水面から顔を上げたように目を覚ました。脳にモヤがかかったかのようで頭が回らない。窓から外を見るとまだ朝は来ていない。早朝のまだ夜の香りを少し残した清らかな空気を吸い込む。
敵地にも関わらずグッスリと眠り込んでいるベールに縄を巻きつけ直して出立の準備をした。錠前を切り落としベールの両腕を体の前で縛り引っ張って歩き出した。
ベールはまだ半ば夢現で頭を左右に振りながら俺に引っ張られながら歩いた。夜明け前に縄で少女を引っ張った男が道を闊歩する。
仲間達はどこにいるのだろうか。基本的に敵との交戦は控えるように指示したしエスケープボムも持たせている。予算の都合上各自一つしか用意してないが皆最低でも一日は生き延びることが出来るだろう。
今日がラストチャンスなのかもしれない。遠くに見える大きな塔が刺された建物を目指した。
灰が風になって飛んできた。焦げ臭い匂いがする。なんだか嫌な予感がした。不穏な想像を振り払うように足を速め匂いの元を探して入り組んだ道を進んだ。
曲がり角を曲がって少し開けた道に出ると朝日が差し込んできた。朝日の下になにかが転がっている。よくよく見るとそれはこの一ヶ月で随分見慣れたガタイの良い男、ナイトの上半身が道の真ん中に倒れていた。
下半身は完全に炭化していて石畳には彼の黒いシルエットだけが残されていた。
「くそが。」
しょうがない。Bランクのミッションだ。問答無用で燃やされエスケープボムを使い上半身だけ逃げてきたのだろう。彼は瞳を大きく開けて死んでいた。
致し方がない。どうしようも無い。他の仲間が生き残っていることにかけて探索は続ける。彼の灰を集められるだけ集めてデータ化しよう。上半身は道の影に隠す。
「あのっ…お仲間さんですか…?」
恐る恐ると言った様子で訪ねてきたのを灰をかき集めながら首だけで答えた。
冷たい地面に手を擦り付けて出来る限り集める。一通り集めて彼女に振り返るとベールがなぜか申し訳なさを滲ませた顔でこちらを窺っていた。
「気にすることはない。君の友達がこうなる可能性も十分にあった。だから同情の必要もない。彼もここに来た以上、死ぬ覚悟はあっただろう。それにそもそも彼とはたった一月の仲だ。それほど彼の死自体は哀しくない。」
ベールは黙って聞いていた。
「考えているのは初めて仕事を失敗した自分への失望だけだ。そして俺が今できることは失敗した仕事をできる限り損失の少ないように立ち回ることだ。」
話しながら頭の中を整理する。今やるべきことは確定している。いつまでも止まっている訳には行かないだろう。ベールを連れて道を進んだ。
頭にたちどころ浮かんでくる雑念を切り捨てては踏みつける。そうだ。別に関係がない。頼まれた仕事が完璧に失敗したとしてナイトが死のうと誰が死のうと俺だけが生き残ったらそれで良いのだ。気楽に行こう。この道が仲間の灰を集める道であろうとも。




