暗転
幸いにも距離はある。じっとりと体が汗ばむ。ゆっくりゆっくり刺激しないように後退りをする。よく様子を見ると蜘蛛の口元は赤く染まっている。誰かが既に犠牲になったようだ。
蜘蛛も様子を伺っている。これは逃げ切れるな。一定の距離をとって後は背中を向けて必死に電光掲示板のところまで戻ろう。
突然どこかで大きな音がした。蛍光灯の照度が下がっていく。まさか、他の地下蜘蛛がブレーカーを落としたのか。曲がり角の先は暗闇だった。地下蜘蛛にとって暗闇が有利に働くことは間違いないだろう。
遠くで男の悲鳴が聞こえた。
十分な距離は取れていないが背を向けて走り出す。
それを見て跳ねるように蜘蛛が追いかける。辺りはもう真っ暗だ。いくら生き返るとはいえ蜘蛛に食われて死ぬなどごめんだ。
ただがむしゃらに走る。しかし蜘蛛の初速の速さにあっけなく追いつかれてしまった。蜘蛛が肩に飛び付き噛み付く。肩に激痛が走り、その直後何かを注入された。毒か。蜘蛛はこちらに反撃する隙を与えず俺から距離を取った。
こいつ俺が毒で弱るのを待つつもりだな。付き合う気は毛頭ない。リセットしよう。舌を噛み切ろうとした時、橋から落ちて死んだ瞬間がフラッシュバックした。そしてパラディンの言葉が想起される。
これ本当に死んでしまうのではないか。
もう後はない。ここで死んだら無。俺の【直感 2】がそう告げた。まずい。非常にまずい。
激痛に耐えながらなんとか走る。蜘蛛は俺を逃そうとはしない。徐々に俺を追跡する蜘蛛が増え始めた。毒は着実に体に回っている。
なんとか電光掲示板まで戻った。しかし蜘蛛はまだ俺を捕捉している。まずい、意識が朦朧としてきた。壁を支えに立ち、蜘蛛どもを睨む。蜘蛛は五匹に増えていた。距離を詰めてくる。ついに体は立つことを維持することさえ出来なくなった。
もう終わりだ。なんで俺は今こんな目に遭っているんだ?思考がかき混ぜられる。そうだ。あの時冒険者になんかならなければ良かったんだ。
蜘蛛が大口を開いて俺の腕をかじりとろうとする。
なんで冒険者になりたかったのか。俺には何かやるべきことがあった。確かそうだった。
蜘蛛に咀嚼されてようやく思い出した。