鉄の塊
また距離を取ろうと妖精が羽を震わせたので、軍刀を硬く握りしめ斬りかかる。しかしまた妖精は軽やかにかわすと先程の焼き直しのように翡翠のベールを展開した。
妖精の強襲に警戒する。足元の猪の死体に躓きそうになる。そういえばあの斬撃は来ないのか?来るとすれば轟音と手を振る動作を共にして来るはずだ。
翡翠の布を睨むが手を振る動作は見えない。辺りの風を切る音は聞こえるが肌で感じるような轟音は来ない。
翡翠の布の奥の木々を見ると、折れている木は猪におられた一本だけのようだった。おかしい。俺が避けた斬撃が木々に傷一つ付けなかったはずがない。
もしやあの不可視の斬撃の有効射程は思ったより短いのではないか?
また首元に敵の意識を感じる。軍刀で首筋を庇う。また体は弾き飛ばされた。体勢を立て直し妖精を見ると妖精は得意げに右手を大きく振りかぶった。それを確認して俺は木々の隙間へと一目散に走って逃げる。
轟音が背後から聞こえたが恐ろしい斬撃は俺に届かなかったようだ。後ろから突風は吹くが体はまだ分裂していない。木々の間、足元の草を踏みつけて夢中で走る。
逃げられた。誰もいなくなった広場で妖精はそれを気づくと足元の豚の死体を腹立たしげに蹴り飛ばし後を追った。
木々が飛行を邪魔して気持ちよく飛べない。しかし足跡を確認しなければ逃した獲物を捉えることはできない。
木々の隙間から開けた場所が見えた。足跡はそこへと向かっている。しめた。今度は足を狙い確実にゆっくり仕留めよう。獲物は目前だ。
萎えかけた心を奮い立たせて羽に力を込めて木々の隙間から抜け出そうとした。
妖精に唐突な死の予感がせまった。訳もわからず思考が停止した。方向を無理矢理変えて横に逃げその場から脱しようとした。
しかし研ぎ澄まされた鉄の塊はエメラルドグリーンの妖精の肌を反射して煌めき、逃げ遅れた妖精の腕を断ち切ったのだった。