息子
老婆を信用して良いのだろうか。すこし訝しみながら階段を登る。老婆がある部屋に入っていくのが見えたので後を追った。
生活感が漂う乱雑な部屋だったがよく見ると埃をかぶっている。部屋主はもうここを使っていないらしい。生活感の割に積もる埃があまりに多すぎる。
使っていないなら掃除すれば良いではないか。そう思って老婆に声を掛けようとしたがすんでのところで思いとどまった。
なぜか老婆は寂然として唇を固く閉じ顔に深く刻まれた皺をピクリともさせていなかったからだ。
そんな老婆からはどこか悲しような寂しいような感じがした。そうか。確か老婆は息子と言っていた。
もう既にその息子はこの世にいないのか。亡くなった息子の部屋の掃除など母親には気が重いだろう。
「ご冥福をお祈りする。」
「いや、生きとるよ。」
生きてるんかい。老婆はけらけらと笑った。老婆は骨と皮だけの小さな身体をわざわざこちらに向け直し俺の目をまっすぐ見ながらそう告げた。
「随分前にここを去ったけれど、きっとどこかで生きているはずさ。」
老婆はそういってクローゼットの中をぶつぶつ言いながら物色し出した。
「これなんかはどうだい。ランク規定外の一張羅だよ。」
ランク規定外?この世界のアイテムやミッションはランクで規定されていると昨夜ファザーから聞いている。Aが最高等級でIが最低等級。例えば俺が持つ軍刀と脇差は最低ランクから一つ上のHランクだ。
ランクで規定されてない物などは聞いたことがない。よほどの物なのだろうか。期待に胸が弾む。
予想に反して老婆がクローゼットから取り出したのはどこか古ぼけた和服だった。元々は美しい藍色だったのだろうが長年捨て置かれた影響か上品な藍色はすっかり霞んでいた。
「ランク規定外というのは最低ランクの下という意味か?」
老婆は眉を顰めて返した。
「違うよ。あたしが作った逸品だからランク規定外なのさ。」
話にならない。そう思い部屋を出て行こうとすると老婆がしゃがれた声で告げた。
「あんた、五感が鋭いタイプの剣士だろう。」
思わず足を止める。老婆は続けた。
「刀なんて奇怪な物を使う輩は相当腕に自信があるやつかなんとなくで選んだバカしかいないよ。あんたの足運びは経験者のそれではないからあんたはおそらく後者だ。」