等活地獄
蜘蛛は獰猛に笑った。
「ケケッ…ケッケッケッケッケッケッ。」
頭を揺らして無我夢中に笑う蜘蛛は笑う為に笑っているというべきか、どこか自棄を孕んでいるような笑い方をした。
蜘蛛を取り巻く怨力は足元から渦を巻くように彼を取り囲み、彼の輪郭をぼやかしている。
人型の龍は興奮していた。撫でただけで動かなくなるような少し早いだけの黒くて脆い存在がここまでの変化を遂げるとは。
明らかに先程の黒い塊よりも数段強くなっている。
龍は一息ついて、生まれて初めての戦闘態勢を取った。
呼応するように蜘蛛はその手足を目一杯広げて威嚇するように濃厚な殺意を人型の龍にぶつけた。
曖昧模糊な存在ならばその殺意だけで呼吸もまともに出来ないであろうと人型の龍は肌で感じ、身震いをした。
お互いの視線が三度交差した時、蜘蛛は動いた。
身体を地面と平行にし背中の腕を脚として使い地面を這った。
空を飛ぶ人型の龍は右手を投げ出すと魔法陣を生成し、魔女の家に座標を指定し槍を持ち出す。
自分よりも上を飛ぶ創造者は信じられないものを見たような顔をして、こちらを目を見開いて見た。
「まさか…。座標指定まで使えるとは…。アスカロンの槍。Aランクの龍殺しの槍を龍が選ぶとは皮肉なもんさね。」
アスカロンの槍。人型の龍にとっては名前などどうでも良かった。槍の刃先を地を這う蜘蛛に合わせて向け、黒い球を装填した。
蜘蛛の進路を予測して放つ。しかし蜘蛛は狙いを定めた瞬間にその身を翻し、嘲笑うかのように黒い球の着弾地を紙一重で避けた。
構わずに黒い球を装填し、放つ。地表を抉り飛ばす攻撃を絶え間なく行うがその全てを悉く蜘蛛は避けていった。
これでいい。あいつは雲が空を飛ぶことは出来ない。このまま空から遠距離攻撃を仕掛けていれば必ずこちらが勝つ。勝利の確信を掴み始めたその時、身体が地面に引っ張られるような感覚に陥った。
地面を見ると、蜘蛛が這いずり回った跡が黒い線となり、蜘蛛の巣を地面に描き出していた。
天と地が逆さまになる。耐えがたい重力に逆らえず頭から地面に墜落した。上にいたはずの創造者も更地に醜い凹凸のみが残る地面に突き落とされたようだ。
「等活地獄」
そう蜘蛛が呟くのを遠くで聞こえたと思うと、無数の大小様々な蜘蛛が地面から湧き出てきた。黒い線で描かれた蜘蛛の巣は周囲を沼のように変質させ地面を汚染しているようだった。
蜘蛛は赤い八つの目をこちらに向けると、その身を踊らせるようにして襲いかかってきた。
大きく跳躍し上から襲いかかる蜘蛛を槍で串刺し、そのまま足元に噛みつこうとした蜘蛛へと振り下ろした。
肉と肉が、牙と牙が砕け合う衝撃を腕で感じながら周囲を見渡すと、山のような数の蜘蛛が互いに仲間を掻き分けながら襲いかかってきた。
常人が見れば身の毛のよだつ光景だが人型の龍はそれを見て、確かな悦びを感じていた。
波のように襲いかかる蜘蛛を槍を振り回して散らす。知能を最大限使い、常に最善手を選び、敵を駆逐する。一手間違えれば雪崩のような攻撃は必ず自分を呑み込み、貪り喰われるだろうという刺すような予感が人型の龍には心地よかった。
自分の力を最大限使うことができる。これが生きる悦びなのか。人型の龍は自分の身体が喜びで震えていたことにようやく気づいた。
殺した蜘蛛は黒い液体となり、人型の龍に降りかかる。それすら気にせず人型の龍は蜘蛛を蹂躙した。生まれた意味や、守るべき創造者のことも忘れて無我夢中に槍を振るった。
無限に思えた蜘蛛の集団は気付けば残り一匹となっていた。黒い海から出てきた最初の蜘蛛だ。
人型の龍は躊躇せず、確実にその蜘蛛の命を摘みに行く。蜘蛛が反応できないスピードで槍を振るって六つの腕を全て切り落とした。
脚を蹴り飛ばし地面にその頭を叩きつけ槍を振り下ろそうとした、その瞬間、創造者からほとばしる魔力の波動を認識した。
「対象指定型魔法オーガキャリア。」
振り下ろされた槍は半透明なバリアに弾かれて空に飛んだ。構わず両手でバリアから蜘蛛を引き摺り出そうとしたが創造者の一声で止められた。
「このじゃじゃ馬が…。暴れ過ぎさね。」
創造者がこちらに歩み寄り、頭を叩いた。バリアに閉じ込められた、最高の玩具を唐突に取り上げられた怒りのあまり両手でバリアを強く叩いた。それでもバリアはびくともしない。