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修羅道  作者: サムライソード
邪悪な魔女の箱庭
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抱擁

ゆっくりと誰かに抱き締められる。そっと包み込むその両腕は慈愛に満ちていてどこまでも優しくウィッチを包み込んだ。


あまりの突然の慈悲にウィッチは夢か現か判断するのに時間を使う。その思考を遮るように聞き慣れた男、野心を隠さない男、先程消し炭にしたはずの男、オーガの声が聞こえた。


「もちろん。現実だ。ウィッチ。」


現実、そう認識して彼の体を触ると体温が頗る高かった。後ろを振り返ると面に似合わない優しい顔を浮かべたオーガのその後ろ、氷でできているはずのバリアが溶け出していた。


そういえば単純な源力操作でも体温の調整くらいはできたね。そのことを思い出したがそれ以上に納得のいかないことがあった。


「あんた。なんで生きているんだい?避ける隙間なんてなかったはずだよ。」


オーガは優しく答える。


「確かに黒い鎧は死んだよ。でも誰も黒い鎧に元々俺が入っているなんて言ってなかっただろう。天井を貫いた時に俺と鎧は分離して、地上の俺が怨力を操作して黒い鎧を遠隔で動かしていたんだ。お前が最大の魔法を使ったその後の隙を狙って今、風空絶で空に浮かびウィッチに抱きついているという訳だ。」


なるほど、なんで抱きついてくるのかと思ったがただ空中に浮遊できないから飛びついているだけなのか。しかし見事にしてやられた。


「さて、どうするんだい。あたしの枯れ枝よりも細い首をへし折らないのかい?」


ウィッチの体に特別な強化は施されていない。魔力で強化されていない今の体は転んだだけで骨が折れる老婆の骨密度と大差はないのだ。魔法を使おうにもそれを察知されたら直ぐに首をへし折られるだろう。完全に詰みだ。


「ウィッチよ。あの時の加速薬の礼を込めて、一度は殺さない。まぁそれは正直建前で本音は別のところにあるのだがな。」


本音?だがたった一錠の薬くらいでこのチャンスを棒に振るような男ではないことは今までの交流で十分理解していた。


「なんだい。言ってみな。」


「お前の弱点の話だ。お前、もうほとんど意識がないんだろう。少なくとも五百年以上生きているお前の体はまさに魔女の名前を冠するのに相応しいがその精神の方はどうだ?俺の予想ではお前の体はゲームで言うならほとんどオートプレイのようなものじゃないのか?」


オートプレイというのが何かはよく分からないが彼の言うことはほとんど合っている。


「相手がこういう発言をすればこういう反応をすると言うのが五百年の経験で定められていて、その反応にお前の意識はほとんど介入していないはずだ。従って全ての攻撃に今までの経験から百点の解答を瞬時に叩きつけられる。」



「まぁ基本的な方針だけは微かに意識が残っているのだろう。例えば十年間敢えてこの世界で暮らしてみることや、俺たちがどういう選択を取るのか静観してみるなどだ。」


「そこまで推察していたとはね…!中々やるじゃないか。やっぱり男前って奴は頭も良いもんなんだね。」


軽く戯けたウィッチにオーガは眉を顰める。


「それも反射だろ?適当に今までの経験から言葉を練り上げて話しているだけだ。そこに一切の感情はない。たとえ感情があってもそれは感情のようなものを無理矢理作り出しただけでありそれは最適な答えを出す為の材料でしかない。しかもその最適な答えというのは百点であって人が起こす、計算すらも超えた百二十点を出すことは絶対にできない。それがお前の弱点でありそれが俺には気に食わんのだ。」


「へぇ…。気に食わないからどうするって言うんだい?あたしはこれをやろうと思ってやってる訳じゃない。歳を重ねるごとに勝手に身についたいわゆる処世術だよ。やめろと言われてもやめられない。」


オーガはその言葉を聞いて不敵に微笑んだ。


「まぁ落ち着いてくれ。実はお前が本物の感情を剥き出しにしている所を見たことがある。」


そんな筈はない。ここ数百年で感情が揺さぶられたことなんて息子のこと以外は…。そうか!


「俺が一度お前を訪れた時、お前は息子との約束に取り憑かれて非合理的に取り乱した。あれは狙って起こされたものじゃない。お前本来の感情だ。」


本当にそうとは言い切れない。あたしが何かの計算を持ってそれをしたかもしれない。そう言おうとするあたしを遮ってオーガは続けた。


「そこでここからが俺の本音。お前を今、殺さない本音だ。お前が死ぬ前に全身全霊の感情を込めて俺と戦おうとする為にウィッチの息子についてのとっておきの情報をやろう。なんでそんなことするかって?単純な話だ。ゲームでもCPUとやるより感情の入ったオンライン対戦の方がより楽しいだろ?」


よく分からないが取り敢えずこいつが戦闘狂であることは理解できた。


「あんたが息子の、ツクモの何を知っているって言うんだい?」


なんとなしに出たが、そこには確かにあたしの意識が混ざっていた。息子だけがやはりあたしの意識を揺さぶるのだ。当たり前だが未だ自分が子離れできていないことを分かり少し恥ずかしくなる。


果たして彼がツクモの何を知っているのだろうか。世代的に彼が来てからツクモのことなんて殆ど御伽噺ぐらいでしか、それもあたしの話ぐらいしか情報はない筈だ。もしやパラディンやファザーから何か聞かされたのか…?


否、彼の目標はこうやってあたしの猜疑心を揺さぶることが目標なのだろう。確かに今、彼によって眠っていた意識が鎌首を上げた。彼はやはり利口だ。


そう自分の答えを出した時、オーガがなんでもないことのようにウィッチの耳元で囁いた。


「俺はツクモの生まれ変わりだ。」



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