決戦パーティ
翌日の夜。送別会は盛大に行われた。結局ヴァンがウィッチに挑むこともなく最後の日は訪れたのだ。大きな部屋で大小のテーブルを並べてその上には豪華絢爛な料理が置かれている。皿まで気が回されており、美しい皿はシャンデリアの光に反射して煌めきその料理の魅力を舞台の上で踊る女優を照らすライトのように引き出していた。
恐ろしいほど気合が入っているこの送別会の料理は意外にも料理が得意だという黄色の少女、ジャンヌによって作られたものだ。
仲間達も一晩たって諦めたのか粛々と三ヶ月間共に過ごした少女達と別れの挨拶を交わし、料理に舌鼓を打っていた。
ウィッチが少しだが別れの挨拶をし少女達は大袈裟なほど泣き喚いた。そんな中でもルージュは微笑みを崩さず振る舞い、少女達を代表して花束を差し出す。
「あらまぁ。綺麗な花束じゃないか。」
花束はすこし雑多に見えるほど色に塗れていた。赤、黒、白、黄、青、その一つ一つが彼女達を象徴している。緑や紫、桃など様々な色が他にも咲き誇っていたがその色を冠する少女とはこの世界で出会わなかった。きっと俺たちのようなものに殺されてしまったのだろう。
「ふふっ。おばぁちゃん。今日の為に育てておいたの。」
ウィッチは嬉しそうに微笑みながらもどこか困ったようにはにかんだ。
「ルージュ。あんたはこれからこの子達を引っ張っていかないといけない。けれどね、それはこれからの話だ。今日だけは泣いていいんだよ?」
ルージュは図星だったのだろうか、一瞬固まったあとウィッチの胸に抱きつき静かに肩を震わせた。
美しい親愛を見せつけられたがどうしてもそれを素直に受けられない俺は思わず愚痴をこぼす。
「精々たった半年ぐらいの中なのによくもそこまで泣けるな。」
隣にいたジャンヌが驚いたように俺を咎める。
「何言ってるの?お兄さん。私達とおばぁちゃんはもう十年も一緒にいるんだよ?あたしなんか五歳の時から一緒にいるからほとんどお母さんみたいなものだよ。泣いて当然じゃん。」
「は?」
間抜けな声が飛び出た。十年?何を言ってるのだこのガキは。
そう思った次の瞬間、俺たちの部屋に蝙蝠が飛び交った。どこからともなく現れた蝙蝠は黒い霧を放ち視界を眩ませる。
「きゃーーーー!!!」
黒い少女、クーの悲鳴と蝙蝠が泣き喚く声が聞こえた。しまった!唐突に湧いて出た疑問に反応が遅れてしまった。これは明らかにヴァンの仕業だ。
しかし敵意は感じない。今のところこの蝙蝠と黒い霧には目眩し以外の効果はないように思える。狙いは誰だ?
直感に従い、隣のジャンヌを掴み、手を振って斬撃の飛ばない風だけの空絶を放つ。彼女の周りの黒い霧は霧散した。最近では普通の空絶よりも斬撃の飛ばない空絶の方がよく利用しているな。
「風空絶」
なんとなしに新しくつけた空絶の名前を呟いているといつの間にか隣にいたウィッチに頭を小突かれた。
「何かっこつけてんだい。ジャンヌをどこへやった。」
ウィッチに言われて掴んだはずの彼女を見るとそこには何も存在しなかった。今度は両手で風を起こす。
「風空絶!」
黒い霧が部屋の窓から完全に押し出され周囲の視界が鮮明になった時、辺りには俺とウィッチを除いて仲間も少女も誰もいなかった。
一匹残った蝙蝠がヴァンの生首へと姿を変えた。生首が宙に浮く。
「ヴァンか。お前の最後っ屁は意外と臭いな。こっちは機嫌良く飯食ってたんだから慎ましくしといてくれよ。」
ヴァンは涼しげな顔で俺の軽口を受け流し話した。
「オーガ。俺はたった今君が要求する条件を一部を除いてクリアした。後は君次第なんだ。どうか頼む。僕達を元の世界に帰らしてくれ。」
「ふむふむ。ウィッチ以外は無力化したのか。しかし一体どうやって全員を消失させたのだ?」
ウィッチをちらりとみるが彼女も事情を分かっていない様子だ。
「魔法だよ。今夜限りの魔法さ。その名はアカウントレイ。彼女達は僕達が掘った狭い穴の中に体を縮こませて入っている。その上にはぴったりその穴に入るくらいの大きさの岩石を並べてね。彼女達が乱暴な魔法を使いその場を脱しようとしても必ず彼女達は密接した仲間を傷つけなければ出られないだろう。この三ヶ月間彼女達を観察していたが意外と魔法は不便そうだね。」
ヴァンがアカウントレイを使って彼女達を強制的に招集したのか。しかし一体どうやって俺が喉から手が出るほど欲しがった魔法を彼は使ったのだろうか。
ウィッチは青褪めた顔をしている。いつも飄々としていた彼女がこんな顔をしているのを初めて見て何故かこちらまで不安な気持ちにさせられた。声を震わせながら彼女はヴァンに尋ねた。
「あんた…。もしかして…。ベールの魔臓を使ったのかい…?」
ベールの死体は殺されたその日のうちにこの建物の裏に土葬された。その地の風習らしく俺も粛々とナイトをそこに埋めたが、ベールの魔臓を使ったとは一体どういうことだろう。
「オーガ。単純なことさね…。この男は亡骸となったベールの体を弄り魔臓を奪い取ったのさ!魔臓に源力を込めたら魔法は使える。この男は源力操作も出来ていたのだろう?それだったらアカウントレイを使うのも不可能じゃない!」
ベールの遺体が利用されたことに対する怒りが込み上げると同時にこの三ヶ月間模擬戦を挑んでいたのは間近で魔法を観察する為だったと気づき、彼の周到な計画に寒気が走る。こいつはずっと牙を磨いていたのだ。今日この日のためだけに。
「魔臓というのは臓器のくせに綺麗なものだね。月に晒すと宝石のように月の光を反射するんだ。オーガ。僕はこの三ヶ月間アカウントレイしか練習していないから君の助太刀は出来ない。でも君ならきっと出来ると僕は信じているよ!」
どこまでも神経を逆立てるような彼の声に怒りを抑えながらも最後の質問を彼にする。
「そうか。それは立派なことだ。それで他の仲間は?」
間髪入れずに彼は答える。
「僕と他の仲間達には予めドラゴンの根城に集まるように指示してある。今まで巧妙に隠されていたようだけどサラからツウィンズが聞き出しておいたんだ。」
なるほどな。ポニーもツインも幼気な振りをして最初から裏切るつもりサラに近づいたのだな。
偽りの友情にまんまとサラは絆されてしまったというわけか。身を震わせるほどの怒り。どこまでも少女達を弄ぶ彼らの姿勢が気に食わない。隠していた赤黒い怨力が鞘から滲み出た。
「分かった。死ね。」
一線。彼の頭を下から上に刀身を黒く染めた雷切で切り裂いた。生首は蝙蝠へと姿を変えて地面にぽたりと落ちる。
「こちらも了解したよオーガ。」
どこからともなく声が聞こえた。ヴァンはまだ蝙蝠を隠していたらしい。
「こんな手は取りたくなかったが仕方ない。少女達の頭上に巨大な岩を設置したと言っただろう。その岩を支えているのは僕の蝙蝠なんだ。もし君がウィッチと戦ってくれないなら僕は蝙蝠を解除して少女達を殺す。君が僕の本体を殺しても少女達は支えを失った巨石で死ぬ。」
「君にとって最善の手はそこにいるウィッチを切り刻んで救える少女達の命を救うことだ。ウィッチ。君が僕の居場所を探知しようとしたらその時点で彼女達を殺す。君は黙ってオーガに殺されてくれないか?」
残酷な質問をウィッチに投げかける。ウィッチは笑って答えた。
「いやさね。あたしはあんな小娘共より自分の命のことを大切に思ってる。例えあいつらが死んでもあたしには関係ないよ。あいつらの為に黙って死ぬなんてごめんだね。そもそもここのオーガがあんたらの最大戦力だろう?こいつを殺せばあたしの命は脅かされないしあんたの勝ちは確実になくなるよ。」
ヴァンは黙った。結局のところ俺は作戦の主軸に組み込まれているのだろう。
だからオーガ。そう彼女は続ける。聞きたくない答えを彼女は俺の口から吐き出そうとしている。そう感じた。
「だから、オーガ。あんたが選ぶんだ。あたしを殺して小娘達を救うか。あたしと協力して死ぬ気で少女達を救うか。」
脅すように彼女は俺を睨んで杖を抜いた。
「あんたがあたしを殺そうとするのならあたしは黙っちゃいないよ。あんたを殺してその首を持ってヴァンとかいう小生意気なガキを殺しに行く。小娘達は死ぬだろうがどうでもいいね。でもあんたが協力してくれるなら話は別だよ。確実にそこのガキが岩を落とす前にあたしとあんたなら岩を止められる。あたしはそう確信してるよ。」
この老婆は本当に本当にどうしようもない奴だ。俺の答えなどとうにお見通しのくせにわざとらしく俺に答えを求めている。ここまで重たい決断など人生でなかったのではないか。それほどまでに考え込む。その他の道があることを信じて最後まで考える。
脳みその奥で暗澹たる道を懸命に進んでいた。体が芯から震えるほどに頭を回転させて考える。何か他の道は。何か他の道は!
「どっちだ!!!オーガ!!!!」
ヴァンかウィッチかどちらか判別のできない声が俺に答えを急かした。体が冷水を浴びたように縮こまる。頭の中が真っ白になった。空白の意識の中でどこかでみた言葉が頭をよぎった。
二つ二つの場にて、早く死ぬ方に片付ばかり也。
別に子細なし。
胸すわって進む也。
酸素を目一杯を肺に取り込む。肺の奥の奥まで冷たい空気を入れる。精神を統一する。心を落ち着かせる。漏れ出しかけていた怨力を抑え込んだ。そっと優しく息を吐いた。
一息に雷切を抜いた。月の光を鉄の塊がその身に一心に浴びる。
ウィッチを殺そう。そう決意した。
「それがあんたの決断なんだね。見損なったよ。オーガ。」
そう言いながら彼女は杖をこちらに構えた。ヴァンはそれを見て瞬時に姿を消したようだ。部屋に完全に気配がなくなった。ひとりごちる。
「ウィッチよ。いいな?」
彼女が杖を振り上げた。このミッションのボス戦が始まる。