エンディング
ヴァンの顔を盗み見ると煮えたぎる油を飲まされたような苦悶に満ちた顔をしていた。彼はこの中で一番元の世界に帰りたい衝動が強い。確か元の世界に恋人を残したまま死んでしまっただとかそんな理由だった気がする。
そんな彼がその身の激情を振り払うように拳を机に叩きつけた。スネイクが驚き肩を震わせる。ヴァンが強い覚悟を感じさせる声で告げた。
「つまりはオーガ。僕達が君ほどの力を持ち、なおかつ君がやる気になれば良いのだな。」
腕を組みながら頷く。
「まぁそういうことだな。」
ウィッチが横槍を入れた。
「あたしはその条件が揃ってても負ける気はさらさらないけどね。」
続けてウィッチは思い出したかのように言った。
「そうだ!あんたらに呪いをかけたのはちと重かったね。この先、元の世界であたしと何かの拍子で喧嘩した時に困るだろうから解いといてやるよ。」
ウィッチが挑発的に笑った。この婆さんは本当にどうしようもないやつだな。
ウィッチは適当に杖を振る。なんの感覚もないが呪いとやらは解けたのだろう。嫌、解けたことにしたのかもしれない。元々、呪いがかかっていなかったかもしれないし、まだ呪いがかかっているかもしれない。
しかしその一言が崖の淵でギリギリ押し止まっていたヴァンの背中を強く押したのは間違いなかった。
彼は一瞬呆然とした後、今の状況を確認するように数秒黙り込み、突然強く拳を握ると体を霧にして窓から消えた。
「ひっひっひっ。残り一日で坊やが何をできるんだろうねぇ。」
彼女は不敵に微笑みヴァンが消えていった窓をじっと見つめた。
「そうだ。ウィッチ。俺も明日帰るからな。」
本題を思い出したのでそれだけ告げた。リンクが苦々しげに言う。
「オーガさんはまったくヴァンさんに期待してなさそうですね。」
ウィッチが手だけ上げて答えたのでどうやら要件はそれだけらしい。一応他の仲間達に一言入れとく。
「お前らはあそこまで本気で元の世界に帰りたいわけではないなら素直に諦めろ。どうせ家族に会いたいとかその程度の理由だろ。いつかは別れるのが人の生なのだから今の人生を大切にした方が俺は良いと思うぞ。」
依頼を受けた側として無責任なことを言うがナイトが裏切った時点で既に破綻したこの依頼を俺の最大限の誠意として彼らの身を守るという最低限のことはした筈だ。文句はあるまい。
俺自身、ミッションが廃止されると聞いて安堵している。殺し合いの螺旋から降りれるのなら喜んで降りよう。もっと穏便な力の使い方を見つけてゆったりと余生を暮らすのが幸せという奴なのかもしれないと柄にもなく考えてみるほどには落ち着いている。
よく考えたらミッションがなくなったら人の為に刀を振るうもクソもないのだ。このミッションで出会った青い少女が示した道を遵守するのが亡くなった彼女の餞にもなるだろう。
いやはやこれにて俺の異世界珍道中はお仕舞いということだ。最後はまったく自分の関わりのないところでエンディングを強制的に迎えさせられたがそれもそれで人生としてのリアリティはバッチリだな。
そう誰に聞かせる訳でもない幕引きを自分で考えながら部屋を去った。