マイナス
「あれれー!お兄さんひとりぼっちじゃーん。」
白い歯を見せながら笑顔でジャンヌが近づいてきた。なんだか腹が立ったので夜叉の仮面を彼女に突き付ける。
「うわっ!なにその仮面…。怖いよぉ。」
無言で更に仮面を近づける。彼女は身をすくめて後退りした。悪戯心が湧いて更に仮面を近づける。彼女は更に距離を空ける。
それを何回か繰り返すと彼女は涙目になり身を翻して逃げようとした。それを逃す鬼ではない。瞬歩で回り込み彼女の前に仮面を突きつけた。彼女は腰を抜かし遂にはダムが決壊するように黄色い瞳から大粒の涙を流した。
「ごめんなざぃぃいい。もう許してぇぇえ。」
ふむ。ちょっとだけ気持ちが晴れたので夜叉の仮面を下ろした。
「大人をからかうのはよしておいたほうがいいな。ジャンヌ。」
そう言って彼女の頭を軽く叩く。しかし彼女の顔はまだ暗いままだ。
「うぅぅ。お兄さん…。ごめんなさい…。」
あまりに悲嘆に暮れている様子にこちらが狼狽してしまう。
「どうしたんだ…?もう仮面を下ろしてるぞ?」
戸惑いながら彼女に問いかけると彼女は俺の右手にある仮面を指さした。
「まだ…。それから怖い感じがするぅ…!」
仮面を見てみるとそこには赤黒いオーラのような物が漂っていた。驚きながらもそれを観察する。そして気づいた。これはウィッチの魔力と同質の物、夜叉達が利用していた源力だ。
訳の分からないタイミングで漏れ出た謎の源力に薄気味悪い何かを感じた。人の敵意や嫌悪、羞恥、妬み、嫉みなど不安な感情がこの源力からは滲み出ているような感じがする。
もしや…!これは!直感が働き、さっともう一度ジャンヌに仮面を突きつけた。すると彼女は突然の俺の行動に驚き肩を跳ねさせ、収まりかけてた涙をまた流した。ジャンヌの不細工な顔を尻目に夜叉の赤黒いオーラは勢力を増していく。
やはりそうだ。これは人の負の感情に反応してその力を増しているのだ。ジャンヌが赤黒いオーラを見て更に怯える。そしてそれに呼応して夜叉の仮面からオーラが濁流のように流れ出始めた。
まずい。これはどうすれば収まるのだ。オーラは足元に沈澱していきジャンヌを取り囲み始めた。足元から蔦のように彼女に取り憑いていく。ジャンヌはもう息もまともに吸えないほど怯えている。
夜叉の仮面を慌ててデータ化した。邪悪なオーラの発生源は消えたがその勢いは止まらない。遂には彼女の胸までそのオーラは侵蝕していく。ウィッチがこちらに気づき走り込んできた。
「オーガ!何やってるんだい!」
ジャンヌをどんどん取り囲むオーラになす術なくウィッチに助けを求める。
「ウィッチ!助けてくれ!」
「あたしにも分かんないよ!言っただろ!」
これは本格的にまずい。このままだとジャンヌにどんな影響を与えるか分からない。ウィッチがキャリアを唱えた。しかしキャリアでオーラは弾かれず、更に不安を覚えたジャンヌにより、オーラは増幅し遂に彼女の顔を覆った。覆われた顔の隙間から苦悶の表情が垣間見える。
まずい。まずい。まずい。雷切を抜いて源力を弾くが弾かれてもすぐにジャンヌの元へとオーラは戻ろうとする。焦る脳みそが直感に従い半ば無意識にジャンヌを抱き寄せた。
赤黒いオーラに直接触れると、自分の中の負の感情が荒れ狂う。嫌だったこと、辱められたこと、怒りを覚えたこと、そのすべての体験がフラッシュバックし俺を痛めつける。
苦痛の中思い出した。そうだ。これは元々源力なのだ。何かスキルにして消費すれば良いだけだ。雷切を乱暴に上空に振るう。
空気を裂いて斬撃が飛び出た。しかしいつもの斬撃とは様子が違う。真紅よりももっと濃い色の目に見える斬撃が飛び出てきた。ジャンヌを見やると僅かだがオーラが少なくなっている。
これだ。どす黒い空絶を空に一心不乱に放った。何十回目の邪悪な空絶を放つとようやく周囲を取り巻く赤黒いオーラは消え去った。
腕を見ると空絶を放った反動で腕がボロボロになっていた。こんなことは今までで初めてだ。見るも無惨な腕が凄惨というまでの邪悪な空絶の威力を物語る。
ジャンヌは気を失っていて俺の胸で寝ていた。なんとか彼女を救うことは出来て安堵する。ほっと一息つくとウィッチが側に駆け寄って俺の腕を治療した。
「あんた…。まったくえげつないものを持ってきてくれたね。」
ウィッチは呆れたような物言いをしながら杖を振り続ける。
「あぁ。ジャンヌには済まないことをした。後で謝罪しよう。しかし不幸中の幸い、怪我の功名、源力変換による上位スキルを発動できた。」
今までの空絶とは一線を画す威力。空を見上げると俺の頭上だけ不自然に雲が浮いていなかった。反動で腕が使い物にならなくなるほどの空絶だ。今までの空絶とは名前を変えるべきだろう。
「呪空絶」
人の負の感情を込める空絶ならばその名前が相応しいだろう。人命が関わるほどの事故を起こしたが結果としては新しい力を手に入れることができた。




