思い出
老婆はどこか試すような視線をこちらに投げかけていた。それを見て何も感じないわけではなかったが正直どうでもよかった。
「虐殺の何がいけないんだい?快楽の為に人を殺すことの何が悪いんだ?強さってのはそういうもんだろう。」
答えに困り黙り込む。強さとはそういうものなのか。人に制限されず自由気ままに振る舞える。確かに俺があの時求めていたものだな。前世で抑圧されてた頃に一番求めていたものは自由だったのか?
自由もそうだが認められたかったから強さを求めた気がする。今では成長する愉悦や戦いの快楽の為に強くなっているが原点はそれだ。
だが、そう言えば俺が前世でモンスターを殺していた時には快楽を感じていた筈だ。あの時のモンスターはたまに洞窟から出てくるとは言え特段人に迷惑をかける害獣でもなかった。
生きる為に殺すというのならこの世界でよりももっと多くのモンスターを前世で殺していた気がする。今頃になってなぜ命の尊さなどに目覚めたのだろうか。
明らかにこの世界に入ってからだ。何かがおかしい。そんな気がした。
「なぁ。ウィッチ。記憶に作用する魔法とかないか?」
紅茶を飲んでいたリンクが話に入ってきた。
「そんな魔法あるなら私にもかけて欲しいですね。雷で撃たれた時の嫌な感覚が抜けなくて…。」
しかしリンクは元の世界に帰れないというのに呑気なものだな。
「まぁ。記憶を思い出すことは出来るよ。記憶を消すのは危ないからやめといた方がいい。たまに”あ”っていう言葉だけを忘れちまう奴なんかもいるくらいだ。そいつは魔法にかかった後会話でずっと”あ”だけ使えなかったらしいね。」
ウィッチが体を揺らして笑う。リンクは怯えきった様子だ。
「別にもう一度思い出しの魔法をかけたら良いだろう。」
「ちっ。バレたか。」
リンクは無言で老婆の紅茶に砂糖を片手で一握り入れた。ウィッチは慌ててリンクを怒鳴るが、リンクは涼しい顔をしている。
「リンクは元の世界に戻りたくないのか?随分のんびりしているようだが…。」
ウィッチが紅茶に魔法をかけている時にリンクに尋ねた。
「私ですか?うーん…。実は私、前の世界のことあんまり覚えてないんですよね。夜叉の雷を受けた時に一瞬思い出したんですけどすぐ忘れちゃうんです…。でもミッションは怖いから早くこの世界から抜け出したかったんですよ。だから正直ウィッチさんには賛成なのかも知れません。」
ヴァン君達には悪いんですけどね。そう言いながら紅茶をかき混ぜる。
「え?」
「あ。」
「うん。そうさね。」
俺が疑問符を投げかけて、リンクが気づき、ウィッチはゆっくりと頷いた。
「あんたに思い出しの魔法をかけてやるよ。別に嫌なら良いけどね。」
「俺にもかけてくれ。」
「良いけど、忘れてる記憶がないと意味ないよ?」
リンクのように俺も前世で忘れている記憶がある筈だ。この世界で変わった一番のことはやっぱり記憶だろう。地下鉄。日本。身に覚えのない記憶がはっきりするかもしれない。